本日は性転ナリ。
いつも歩いているこの道も今までとは全く違う景色に見える。見慣れた家の外壁、庭先から伸びた蜜柑の木の枝、水の無くなった田んぼから伸びる雑草…
そして、そんな事は無い筈なのだが、周りの人達の視線を感じる。すれ違う人達が俺の方をチラチラと見ては何かを話している。もしかしたら他の人から見たら俺は俺のままで、女になんかなってないんじゃ…そんな弱気な考えばかりが頭に浮かんでしまう。
そんな時、ポンと莉結の手が肩へと触れる。

『瑠衣、大丈夫?』

いつも莉結は俺の微妙な心情の変化にも気づいてしまう。これは幼馴染故の事なのか、莉結が特別そういった微かな変化にも気付ける繊細な心の持ち主なのか…多分前述した方だろうけど。

「あぁ、てか本当に"俺の妹"って設定で通るもんかなぁ?」

『その方が後々めんどくさくないんじゃない?出身とか住所とか、わざわざ全部嘘つくくらいなら瑠衣の"妹"として家も一緒ってほうが隠しやすいしね♪それに、何か口滑らせちゃっても"お兄ちゃんに聞いたんだ"とか使えるでしょ?』

「お前…馬鹿じゃなかったんだな…」

意外だ…口にケチャップつけて平気な顔で登校するようなやつなのに…

『し…失礼なっ!まぁ、とりあえず瑠衣は私から離れちゃダメだよ?』

「言われなくてもそうさせてもらうよ」

そんな事を話している間に、校門が視界に映る。いよいよ着いてしまった…俺の人生最大と言っても過言では無い試練の場に。
あー、緊張するっ…

『おはようございまーす!おはようございます!』

よりによって校門では不定期で行われる"挨拶運動"をしていた。生徒会らしき七人程の生徒と、教師三名がスローガンの書かれた幟(のぼり)を手に立っているのが見える。

「おはようございます…」

俺はなるべく存在感を消して、小さな声で顔を伏せて挨拶をする。しかし登校してきた生徒と不意に目が合ってしまう。

『あれ、あの子可愛くない?あんな子居たっけ?』

そしてその周りの生徒達も釣られるように騒ぎ始める。
そんな状況に、私は更に下を向き、なるべく人に顔を見られないように隠しながらその場を小走りに立ち去った。

職員室へと顔を出し、転校の旨を伝えると、校長室へと案内された。
そして校長先生に簡単な挨拶をすると、"話は聞いているからね。同学年の如月瑠衣くんの妹さん、だったね"と軽く会話しただけで特に何かの手続きをするでも無く校長室を後にした。
そして俺は"見慣れた担任"と共に教室へと向かったのであった。
気になったのは"病院の先生から話は伺っているよ"という校長の一言。そうなると病院がこの転校の話を進めた事になるけど…俺の母さんは何も知らないのか…?結局こんな事になってから、まだ一度も顔を合わせて無い母さんは、俺の"親"として何かをしてくれているのか…
いや…今はそんな事どうだっていい。どうせ母さんには"興味の無い事"なんだから。
そして俺は遂に見慣れた教室へと着いてしまった。
よく知ってる筈の教室….
このドアを開いても知ってる顔が並んでるだけなのに…それなのに心臓が張り裂けそうだ…
そんな俺の気持ちなど知ってか知らずか、俺の担任は容赦なく教室の扉を開いた。
クラスメイトの視線が俺に向かって集中し始める。そしてゆっくりと教卓の前に並ぶと、担任はいつもの調子で口を開いた。

『おはよー。えー…突然ですが、如月瑠衣が病気の関係で長期的に休む事になった。
体調的には心配ないらしいが、しばらくの間、学校へは来れないみたいです。まぁ検査入院みたいな感じらしいから心配するなよー。代わりと言ってはなんだが、離れて暮らしてた瑠衣の双子の妹さんが、看病を兼ねてこっちに住むそうなので、暫くこのクラスで一緒に勉強することになりましたぁ。みんな仲良くしてやってくれよー。男子達は可愛いからって瑠衣の妹さんって事を忘れずに!!それじゃ、自己紹介頼むな』

…そういう設定だったのか…
てかせめて俺には言えよ!
部外者か俺は!
って突っ込んでる場合じゃないな…
本当に大丈夫か…俺。
言いたい事は色々とあったが、取り敢えず俺は教卓の横で背筋を伸ばし"ふぅ"と呼吸を整え口を開いた。

「あの…えっと、如月衣瑠です。よろしくお願いします」

『イルさんは…』

担任はそう言って黒板に如月…衣…瑠…と書きあげる。
すると教室の中から『瑠衣を逆にしただけじゃーん!』なんて声が上がった。

知っとるわ!俺が一番後悔してるっつーの!つーか誰だよ今の!加藤か?竹内か?
俺が心の中でそんな事を言っていると、『俺めっちゃタイプだわー』なんて言う声も聞こえてくる。
勝也だ…てめえ俺の妹…じゃないか、俺になんて事…ん?俺に…?うわ、気持ちわりいっ!
そんなこいつらも、以前の俺とは殆ど喋った事も無いような奴らだ。俺とは知らずに急に馴れ馴れしい事言いやがって。
そして俺は担任の指示で一番後ろの窓際、俺が座っていた席へと向かった。その最中でもクラスメイトの好奇の視線が纏わりつくように俺を追った。

"あぁ、ちょっと似てるかも"とか
"双子なのに似てなくね?"とか
どうでもいい批評が次々と耳に入って来る。その度に俺は"そんなのどうでもいいだろ?"と心の中で唾を吐き捨てた。
席に着き、やっと教室の騒めきが落ち着いた時、ふと頭に一つの不安が過(よ)ぎった。
もし…いま突然元に戻ったら…
そんな妄想がみるみる広がっていく。
"お前なにやってんだよ…女装が趣味だったのか?!"
"瑠衣くん…気持ち悪い…"
"瑠衣、そういうの好きだったのか…"
"ごめん…無理だわ"

そうなるよな、絶対そうなるって。俺…そうしたら死ぬしか無いじゃん!

そんな時、隣から春の木漏れ日のような、そんな優しい声がふわりと投げかけられたのだった。

『あの…大丈夫?』

その声の主は佐々木千優(ささき ちゆ)さんだった。
彼女は大人しく、授業態度も真面目だし、休み時間なども読書や授業の復習をしているような子だ。
そんな彼女も、隣の席でありながら、人と関わるのが好きでは無い俺の性格も相まって、これまで一言も会話したことがなかった。
そんな千優さんが自分から声を掛けてくるなんて…
そして俺はふと気付かされる。
そうか…俺、女だからか……と。



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