知らない事
「あなたは彼を殺しましたか?」
「彼とは誰のことを言っているのでしょうか。」
「あなたの伴侶である さんです。」
「私が を殺したかどうかを聞いているのですか?」
「はい。そうです。」
「殺したと言えば殺しましたが、殺してないと言えば殺していない事になりますね。」
「どういうことですか?」
「そのままの意味ですよ。私は を殺しましたし、殺していません。」
「すみませんきちんと答えてもらってもよろしですか?こちらにも時間があるので。」
「きちんと答えていますよ。
私にも時間はありますよ。
私の時間でいうと少しかかり過ぎではないかと思います。」
「『きちんと』の認識に相違があるようですね。
私に分かるように答えてもらってもよろしいですか?」
「時間の話はもういいのですか?」
「この時間が無駄です。どうぞ答えて。」
「そうですね、残念ながら、今の私にはあなたの分かるように答える語彙力はありません。
私は彼を殺しましたし、殺していません。」
「私をからかっていますか?」
「いえ、からかってはいませんよ。」
「私にはあなたにこれを答える語彙力がないようには思えません。」
「答える語彙力が無いわけではないですよ。
先程も殺したし、殺していない。ときちんと答えたじゃないですか。
私に無いのはあなたに分かるように答える語彙力です。」
スチール製の机を叩き声を荒げた。
「おちょくらないでください!
私に分かるように答えられるでしょう!
答えてください!」
「先程も言ったようにおちょくってはいませんしあなたに分かるように答えることも出来ません。」
彼女は一貫して自分の置かれている状況を理解していないよな口ぶりだった。
「すみません。声を荒げてしまって。」
「いえ、もうそろそろだと準備していたので大丈夫ですよ。」
「わざと私をイライラさせたと?」
「いいえ、私はあなたの質問にきちんと答えただけです。
ですが、私が答える度にあなたの机の上で握られた手には力が入り、喋る言葉は早くなり、声を荒らげる直前には唇を舐めていたので。」
「…。」
「驚きましたか?」
「ええ。そこまでみられていたとは。
思いもしませんでした。
そしてなおさらあなたに興味がわきました。」
「それはありがとうございます。」
「では、もう一度。
あなたは さんを殺害しましたか?」
「では、もう一度。
殺害しましたし、殺害していません。」
大きくため息をついた。
「そうですか。」
「はい。」
「…、ではあなたは彼の首を締めましたか?」
「彼とは誰のことを言っているのでしょうか。」
「あなたの伴侶である さんです。」
「私が の首を締めたかどうかを聞いているのですか?」
「はい。そうです。」
「締めました。」
「何で?」
「人で。」
「人で?」
「はい。人で。」
「それは、人であるあなたの手で、ということでよろしいですか?」
「はい。よろしいですよ。」
「分かりました。」
「それは何を書いているのですか?」
「あなたの話した事を一言一句。」
「私の話した事を一言一句?」
「はい。一言一句間違いなく。」
「なぜですか?」
「何故って、あなたが さんを殺した証拠になるからですよ。」
「私は を殺しましたし、殺していません。」
「はい。分かりました。」
「あなたは何故彼の首を締めたのですか?」
「彼とは誰の…」
「 さんです。あなたの伴侶の。」
「私が何故 の首を締めたかを聞いているのですか?」
「はい。」
「そうですね。 がそう願ったからです。」
「願った?」
「はい。」
「どういうことですか?」
「彼は私に
「君の願いは僕の願いだ。僕が君の願いを叶えてあげるよ。何でもね。」
と常々言っていました。
そしてあの日私は人が死ぬ姿がみたいと願いました。」
「あなたがそう願ったから彼もそう願っていた。と?」
「彼とは…」
「 さんです。」
「あ、はい。そうです。」
「私が人が死ぬ姿がみたいと願ったから彼もそう願っていました。
そして叶えるために彼は私に死ぬところを見せてくれました。」
「すみません。意味が分かりません。」
「これ以上の説明は出来ませんが。」
「あなたが人が死ぬところをみたいという願いを彼が身をもって叶えてくれた。
人である彼が人が死ぬところをみたいというあなたの願いを叶えるために人である彼が自分が死ぬことを願った。
ということでいいですか?」
「分かっているじゃないですか。」
「なんでそんなことをしたんですか?
自分の伴侶を殺すなんて。」
「私は彼を殺しましたし、殺していません。
これは彼が願ったことですし、私が願ったことです。
なんでって私の話を聞いていませんでした?」
「はぁ。」
「じゃあ さんの首を締めている間、
さんは何か抵抗をしましたか?」
「抵抗といいますと?」
「暴れたり、嫌だと言ったり。」
「そんなことしませんよ。
彼が死ぬことは彼が願った事ですもの。」
「ああ。なるほど。
半分は彼が自ら自分を殺し、半分はあなたが彼を殺したということですか。」
「ああ。そうですね。
さすがですね。」
「人を殺す事は駄目だと知っていますか?」
「いいえ。何故駄目なのですか?」
「法律でそうなっているからです。」
「法律でそうなっていたら何故駄目なんですか?」
「人間として人を殺す事は駄目です。」
「だから何故ですか?」
「倫理的に、」
「倫理って何ですか?
それは私が守らないといけませんか?」
「…。」
「分からない事だらけですね。
だから私と彼は人が死ぬということを分かりたかったから、それをわかるようにしたんです。」
「…。」
「あなたは人が死ぬことを分かっていますか?」
「…。」
「私が見たのは、
段々と息遣いが聞こえなくなって、
目の焦点が合わなくなって、
口をパクパクさせ、
普段トイレでするものをダラダラ流す姿です。
見た目は醜いですが、
何故か少し美しさを感じました。
私が知った人が死ぬということはこういうものでした。」
「…。」
「どうですか?
私は一つ賢くなりました。」
「…。狂ってる。」
「なんていいました?」
「狂っていると言いました。」
「誰がですか?」
「あなたが。」
「私がですか?」
「ええ。そうですよ!」
「どうして?」
「普通そんなことしないですよ!
分かってますか!」
「普通って何ですか?」
「ああ!もう!普通は普通です!」
「きちんと説明出来ない言葉を使わないほうがいいですよ。」
「黙ってください!」
「何故ですか?」
「説明出来ませんか?」
「それはあなたが今冷静ではないからですか?
それとも元々気持ちを整理する能力が乏しいからですか?
それとも、私が怖いからですか?」
「…。」
「そうやってまた黙るんですか。
何も私に伝わってきませんよ。
あなたは私にどうしてほしいのですか?」
「…ね。」
「なんて言いました?」
「死ね!死んでください!今すぐ!」
「分かりました。」
彼女はポケットからカッターナイフを取り出し、
自分の首にある太い血管を、
寸分の狂い無く、迷いなく、
深く切った。
見た事もない量の血が、目の前を染めた。
「どう?美しいでしょう?」
彼女は微笑みながら得意げに言った。
私が驚いているのを無視して、
微笑み続けた。
血が辺りを赤く染め、
私を置いてけぼりにした。
「彼とは誰のことを言っているのでしょうか。」
「あなたの伴侶である さんです。」
「私が を殺したかどうかを聞いているのですか?」
「はい。そうです。」
「殺したと言えば殺しましたが、殺してないと言えば殺していない事になりますね。」
「どういうことですか?」
「そのままの意味ですよ。私は を殺しましたし、殺していません。」
「すみませんきちんと答えてもらってもよろしですか?こちらにも時間があるので。」
「きちんと答えていますよ。
私にも時間はありますよ。
私の時間でいうと少しかかり過ぎではないかと思います。」
「『きちんと』の認識に相違があるようですね。
私に分かるように答えてもらってもよろしいですか?」
「時間の話はもういいのですか?」
「この時間が無駄です。どうぞ答えて。」
「そうですね、残念ながら、今の私にはあなたの分かるように答える語彙力はありません。
私は彼を殺しましたし、殺していません。」
「私をからかっていますか?」
「いえ、からかってはいませんよ。」
「私にはあなたにこれを答える語彙力がないようには思えません。」
「答える語彙力が無いわけではないですよ。
先程も殺したし、殺していない。ときちんと答えたじゃないですか。
私に無いのはあなたに分かるように答える語彙力です。」
スチール製の机を叩き声を荒げた。
「おちょくらないでください!
私に分かるように答えられるでしょう!
答えてください!」
「先程も言ったようにおちょくってはいませんしあなたに分かるように答えることも出来ません。」
彼女は一貫して自分の置かれている状況を理解していないよな口ぶりだった。
「すみません。声を荒げてしまって。」
「いえ、もうそろそろだと準備していたので大丈夫ですよ。」
「わざと私をイライラさせたと?」
「いいえ、私はあなたの質問にきちんと答えただけです。
ですが、私が答える度にあなたの机の上で握られた手には力が入り、喋る言葉は早くなり、声を荒らげる直前には唇を舐めていたので。」
「…。」
「驚きましたか?」
「ええ。そこまでみられていたとは。
思いもしませんでした。
そしてなおさらあなたに興味がわきました。」
「それはありがとうございます。」
「では、もう一度。
あなたは さんを殺害しましたか?」
「では、もう一度。
殺害しましたし、殺害していません。」
大きくため息をついた。
「そうですか。」
「はい。」
「…、ではあなたは彼の首を締めましたか?」
「彼とは誰のことを言っているのでしょうか。」
「あなたの伴侶である さんです。」
「私が の首を締めたかどうかを聞いているのですか?」
「はい。そうです。」
「締めました。」
「何で?」
「人で。」
「人で?」
「はい。人で。」
「それは、人であるあなたの手で、ということでよろしいですか?」
「はい。よろしいですよ。」
「分かりました。」
「それは何を書いているのですか?」
「あなたの話した事を一言一句。」
「私の話した事を一言一句?」
「はい。一言一句間違いなく。」
「なぜですか?」
「何故って、あなたが さんを殺した証拠になるからですよ。」
「私は を殺しましたし、殺していません。」
「はい。分かりました。」
「あなたは何故彼の首を締めたのですか?」
「彼とは誰の…」
「 さんです。あなたの伴侶の。」
「私が何故 の首を締めたかを聞いているのですか?」
「はい。」
「そうですね。 がそう願ったからです。」
「願った?」
「はい。」
「どういうことですか?」
「彼は私に
「君の願いは僕の願いだ。僕が君の願いを叶えてあげるよ。何でもね。」
と常々言っていました。
そしてあの日私は人が死ぬ姿がみたいと願いました。」
「あなたがそう願ったから彼もそう願っていた。と?」
「彼とは…」
「 さんです。」
「あ、はい。そうです。」
「私が人が死ぬ姿がみたいと願ったから彼もそう願っていました。
そして叶えるために彼は私に死ぬところを見せてくれました。」
「すみません。意味が分かりません。」
「これ以上の説明は出来ませんが。」
「あなたが人が死ぬところをみたいという願いを彼が身をもって叶えてくれた。
人である彼が人が死ぬところをみたいというあなたの願いを叶えるために人である彼が自分が死ぬことを願った。
ということでいいですか?」
「分かっているじゃないですか。」
「なんでそんなことをしたんですか?
自分の伴侶を殺すなんて。」
「私は彼を殺しましたし、殺していません。
これは彼が願ったことですし、私が願ったことです。
なんでって私の話を聞いていませんでした?」
「はぁ。」
「じゃあ さんの首を締めている間、
さんは何か抵抗をしましたか?」
「抵抗といいますと?」
「暴れたり、嫌だと言ったり。」
「そんなことしませんよ。
彼が死ぬことは彼が願った事ですもの。」
「ああ。なるほど。
半分は彼が自ら自分を殺し、半分はあなたが彼を殺したということですか。」
「ああ。そうですね。
さすがですね。」
「人を殺す事は駄目だと知っていますか?」
「いいえ。何故駄目なのですか?」
「法律でそうなっているからです。」
「法律でそうなっていたら何故駄目なんですか?」
「人間として人を殺す事は駄目です。」
「だから何故ですか?」
「倫理的に、」
「倫理って何ですか?
それは私が守らないといけませんか?」
「…。」
「分からない事だらけですね。
だから私と彼は人が死ぬということを分かりたかったから、それをわかるようにしたんです。」
「…。」
「あなたは人が死ぬことを分かっていますか?」
「…。」
「私が見たのは、
段々と息遣いが聞こえなくなって、
目の焦点が合わなくなって、
口をパクパクさせ、
普段トイレでするものをダラダラ流す姿です。
見た目は醜いですが、
何故か少し美しさを感じました。
私が知った人が死ぬということはこういうものでした。」
「…。」
「どうですか?
私は一つ賢くなりました。」
「…。狂ってる。」
「なんていいました?」
「狂っていると言いました。」
「誰がですか?」
「あなたが。」
「私がですか?」
「ええ。そうですよ!」
「どうして?」
「普通そんなことしないですよ!
分かってますか!」
「普通って何ですか?」
「ああ!もう!普通は普通です!」
「きちんと説明出来ない言葉を使わないほうがいいですよ。」
「黙ってください!」
「何故ですか?」
「説明出来ませんか?」
「それはあなたが今冷静ではないからですか?
それとも元々気持ちを整理する能力が乏しいからですか?
それとも、私が怖いからですか?」
「…。」
「そうやってまた黙るんですか。
何も私に伝わってきませんよ。
あなたは私にどうしてほしいのですか?」
「…ね。」
「なんて言いました?」
「死ね!死んでください!今すぐ!」
「分かりました。」
彼女はポケットからカッターナイフを取り出し、
自分の首にある太い血管を、
寸分の狂い無く、迷いなく、
深く切った。
見た事もない量の血が、目の前を染めた。
「どう?美しいでしょう?」
彼女は微笑みながら得意げに言った。
私が驚いているのを無視して、
微笑み続けた。
血が辺りを赤く染め、
私を置いてけぼりにした。