ぜ、ん、ま、い、と、あ、た、し
「何故?」

何も言わないのに、彼はそう訊いてきた。

あたしが帰りたそうにしているからだろう。今に限らず、始終そういう顔をしていたし。

「何か嫌われることをしたんだろうか」

独り言のように創手が呟く。

曇り空から一滴だけ落ちてきた雨粒みたいな声だった。これから降り出す、雨の前触れのような。それも、どしゃぶり。

あたしは首を横に振る。

「いいえ、そうではありません」

「では、何故なの?」

心の準備も兼ねて、唇を舐め潤す。

「ぜんまいのことが気懸かりです」

「……ぜんまい」

「はい」

「君にはそんな相手が? 黒谷麻奈」

体の向きはそのままに、首を支点にして創手は首を巡らせた。機械仕掛けの人形みたいな動きだった。

「誰? それは」
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