ぜ、ん、ま、い、と、あ、た、し
「そういうこと」と手を離し、彼は自分のその手を愛しいもののように抱いている。

「気に入らないな。君もこの女とまるで同じじゃないか」

何故か創手は可笑しそうに、ころころと笑う。その訳はいずれ知れた。

「捨てたよ。彼の記憶は、とっくの昔に」

「捨てた?」

「うん」

日常の会話をするみたいに、あたし達は言葉を交換していた。
「どうして?」

「だって、彼の記憶は面白くないものばかりだったし」

「面白くない」

「そう。痛そうで、惨めで。そんなもの僕は要らない。僕が欲しいのはそれとは正反対の記憶なのに。まあ、元々あいつは不愉快な奴だったしね」

「だから、捨てた?」

「ん、捨てた」

直立する力を失い、あたしはその場にへたり込んだ。

女の子座りで、手のひらを上に向けて、放心したように天を仰ぐ。

「最低です。あなたは」
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