ぜ、ん、ま、い、と、あ、た、し
ゴローがはぜたようにぱっと面を上向きにする。

いつになく彼の顔色は優れず、青汁を落としたコーヒー牛乳みたいな色味になってしまっている。

「あたしが見たその映像の中では、誰の背中にもぜんまいは付いていませんでした。公園にいた他の人も、誰も」

ナオヤが前歯の間から息を吸いながら、髪の毛をざっくりと掻き上げた。

ルークが手癖のように顎のにきびを弄っている。

「どういうことだ? ゴローの記憶じゃねえのかな?」

「もしくは――」

ナオヤが後頭部に手を組み、涼しい目元のまま言う。

「元々、俺らにはぜんまいはなかった、とか」

その新たな憶測に、ゴロー以外の面々の視線が宙を浮遊する。

「考えられる、よな」

ルークの下ろした腕が地図の上で乾燥した音を立てた。

「……子供の頃、公園で捨て犬を拾ったんだ。まだ小さかった弟と一緒に。痩せたクリーム色の雑種の犬だった」

しばし散漫としていた周囲の視線がゴローに注がれる。

「ゴローって名前にしてさ。ごろごろ転がるのが好きな犬で、いつも転がりながら尻尾振ってたから」

わざと茶化すように彼は肩を竦める。

「じゃあ、俺は? ゴローが名前じゃないなら、俺の名前は?」

底流する共有感情から、メンバーは再び互いに目線を散らした。掛ける言葉が出てこないのだ。

「ゴロー」とシノブが明朗な声音で呼び掛け、彼を励まそうとしていた。

ゴローが消え入りそうな声で吐露する。

「俺は誰なんだ」
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