ぜ、ん、ま、い、と、あ、た、し
「いえ、気にしていません。あたしも分かったような口を利いてしまって、ごめんなさい」

あたしは頭をちょこんと下げた。

ナオヤは胸のつかえが降りたかのような、且つ気恥ずかしそうにはにかみ、ポケットに両手を突っ込みつつ食堂を去った。

何だか見ているこちらの胸中を甘酸っぱいもので一杯にしていく仕草だった。

あたしは自分でも気付かぬうちに微笑んでいた。

「……思いついたぞ」

ルークが腕を組み、椅子の背もたれに反り返る。ぜんまいが当たってカチリと鳴った。

「来ましたか? 神が」

あたしはうきうきとルークの正面に向きを変える。

ルークが明後日の方向を遠く見つめ、どこかの親方のように鉛筆を耳の上に差した。

「ああ、こいつは来たな。大当たりの予感がバリバリするぜ。心を開かない男の話にしよう。少女の愛に触れ、心の氷を溶かしていく話だ。男には悲し過ぎる過去があって、そのことが深いトラウマになっているんだ。でもある日、偶然出会った少女に少しずつ心を通わせていく」
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