ぜ、ん、ま、い、と、あ、た、し
宵の口。

雲は晴れ、月が天上高くに掛かっていた。

夜風が快く、少し顎を上向きにしながら歩いた。しんとした大気を吸い込むと、溜まった疲れも癒える気がする。

こんなに歩いたのは中学の時の林間学校で山登りして以来だ。

ふくらはぎはコチコチで、足の裏は熱っぽかった。

タイヤが砂利を踏むような音を小耳に挟む。

振り向くと、後ろから車のヘッドライトが近づいてくる。それは小さなトラックだった。

トラックはあたしを追い越し、数メートル先で停車する。あたしは少し用心する。

「お嬢さん、どちらまで?」

運転席の窓が下がり、人の良さそうなおじさんがひょこっと顔を出す。

助手席には奥さんらしき、小太りで赤い頬のおばさんが座っていた。リュックを背負っているせいで、背中にぜんまいがないと看破されていないようだ。

悪人には見えなかったので正直に答える。

「聖都まで」

おじさんの目が飛び出る。

「そりゃあ、あんた、無茶な。お嬢さんの足で行ったら1週間以上は掛かるよ」

「い、1週間以上?」

自分が1週間歩く姿を仮想し、意気阻喪する。いや、1週間以上だった。
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