ぜ、ん、ま、い、と、あ、た、し


耳を澄ませるがヘリの音はなかった。

ホーホーという、胸をざわつかせる鳴き声が、鬱蒼とした森の奥からひんやりとした風に乗って運ばれてくる。

「黒谷」

突然呼ばれて、あたしはびくっと自分の肩を抱く。

泥人間の金色の目が殊更光を増し、ギラついた目でこちらを見据えていた。

あたしを食べても美味しくないですよ。

そう言いたくても口が言うことを聞かず、あたしは寝巻きの胸元を掻き寄せ、シートの隅で体を萎縮させた。

「一先ず、これを巻け」

泥人間がくるりと背を向ける。

突き付けられたぜんまいにあたしはぱちくりする。

「このぜんまいを、ですか?」

当たり前のことを訊くなという視線を泥人間が肩越しに送ってきた。

あたしは顔面一杯に疑問符を浮かび上がらせる。

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