ぜ、ん、ま、い、と、あ、た、し
リビングに戻ると人っ子一人いなかった。
両手を後ろに組み、ぶらぶら部屋を探検する。
誰もいないというのは嘘だった。ソファーに人がいる。あたしは柱の影にさっと身を隠す。
さっきはあんなイケメンいなかったはず。
灰色っぽいリネンのシャツに、黒いズボンとサスペンダーという他の人と何ら変わらない服装だった。
遠巻きにその人を深々と注視していると、見られていた当人が耐えかねたように面を上げた。
「あんた、そこで何をしているんだ? こそこそと」
とっくにばれていたらしい。何食わぬふりを装い、ちょうどムズった鼻の下を擦る。
あれ、今の声の感じはもしや。
「あの、まさか、ナオヤさん?」
あたしは瞠目する。彼は意外にも若く、そして思いの外美形だった。
泥人間時とのギャップがそう見せているのではないことは断言出来る。彼の顔立ちには非というものが皆無だった。
均整の取れた鼻梁に、すっきりした顎のライン、肌は男の人じゃないみたいにきめ細かくて、そこに切れ長なのにぱっちりした目と、薄い唇が当然と身を落ち着けている。
かっこいいというよりも綺麗という形容詞の方が符合する。
何故直ぐ分からなかったのか合点がいった。目の色が違うからだ。
薄っすら茶色の混じった黒瑪瑙のような瞳の周りを、青みを帯びた白目が縁取っている。