ぜ、ん、ま、い、と、あ、た、し
それきり沈黙が流れた。あたしには嘗て不言不語しかなかったので、別にそれは苦に思わなかった。
ダイニングの方の壁に写真が飾られている。あたしは座りながら、見るともなしにそれを眺めた。
「その額はどうしたんだ?」
ナオヤの目は労わる風でもなく、バインダーを見ているのと同じように、単に見ているという感じだった。
「保安官に警棒で」
ナオヤは鼻で息を吐くように笑った。
鼻で笑ったのはあたしのことではなく保安官のことだろう。保安官はあたしを幽霊だと勘違いしていたから。
「あの、訊きたいことがあるのですが」
あたしは会話の糸口を打開してみた。
「何故助けてくれたのですか?」
彼は切抜きを裏返したりしながら、あたしなど眼中にないかのように返答をした。
「死なれたら困るから」
またそれかとあたしは目を回す。
「おばさんも似たようなことを言っていましたが、一体何が困るのか分かりません。誰でもいい訳ではないとかいうことも聞きましたが、何のことやらさっぱり」
「そのうち分かる」
一向に答えになっていない。
あたしは非難の意味で瞬きした。たぶん彼には通じない。