ぜ、ん、ま、い、と、あ、た、し
あたしはぶんぶんと頭を振る。
「記憶を取り戻すって、どういうことでしょう?」
ナオヤのページを捲る手が一瞬時を止める。
訊いてはいけないことだったのかもとあたしは臆したが、彼はまたも端的に答えてくれた。
「俺には記憶がない。過去、5年より先の記憶が白紙だ」
「白紙?」
ナオヤは小さく首を縦に振った。
「俺だけじゃない。このアジトの連中は皆そうだ。人にもよるが、自分がどこで生まれたのかとか、家族が誰だとか、そんな基本的なことが分からない。ナオヤというのも名前なのかどうか、自信がない」
あたしは言い淀む。
「だから、記憶を取り戻したい」
彼の涼しい黒い瞳に、それまでなかった意志らしきものを感じ得た。
あたしは黙って頷いた。
掛けるべき言葉は見出せなかったが、彼の言葉が嘘ではないということだけは理解出来た。
「その、創手、というのが記憶の鍵を握っていると?」
尋ねながら彼の顔色を盗み見る。
「そう確信してる」
「創手は神様……いえ、一番偉い人だって聞きましたけど」
「どうかな」とナオヤは嘲るような笑みを起こす。
人の頂点に立つ存在に、戦いを挑もうと、否、既に挑んでいるらしい。
彼の超然とした眼差しに呑まれた気がした。