ぜ、ん、ま、い、と、あ、た、し
ナオヤがあたしの背中に触れてきた。
薬指と小指を使った、控え目な触れ方だった。
不意のことに、あたしは思わず体を緊張させる。
ナオヤははっとしたように、性急に手を離し、自分でも驚いたような顔をしていた。
あたしは微笑んで首を振る。
「あたしにぜんまいはないですよ」
彼も自分のしたことを笑っているみたいだった。
「そうらしいな」
いつの間にか荒野はもうすっかり暮れて、夜の到来を告げるオオカミの遠吠えも届きだした。
「巻きます?」
昨日巻いてあげたばかりで、彼の目も真っ黒だったけど、それとなくそういう気分だったのでそう言った。
彼は僅かに目を大きくし、無言で同意した。
それは四分の三回転くらいしか巻けなかった。
ぜんまいから手を離すとナオヤは言った。
「ありがとう」
彼が初めて口にする感謝の言葉だった。
あたしはぜんまいを巻くという行為を、感覚として理解し始めていた。
巻いてあげたいという感じを。