ぜ、ん、ま、い、と、あ、た、し
「こちらへ」

少し丁重な感じで誘導される。豪奢な門を潜り、曲がりくねった螺旋階段を上がり、息が切れた頃に広い部屋に出た。

壁は一面に天使の絵が描かれていた。

ぜんまいではなくきちんと羽の生えた天使だったことに、逆にちぐはぐさを感じた。

あたしはすっかりぜんまい慣れしているらしい。

奥から青いロングジャケットを纏った初老の男が登場した。

肩と胸に幾つもの勲章が輝いていることから、この世界の要人だと知れる。

「ご無礼をお許し下さい」と彼は開口一番に謝罪した。

兵士が歩み寄り、手錠の鍵を外していく。拘束を解かれた意味が吸収出来ず、あたしは瞬きする。

「私は宰相のグレンヴィル・キーツと申します。この度はご登城戴き、厚く御礼を申し上げます。早速ではございますが、貴女のお名前は何と?」

慇懃に胸に手を当て、グレンヴィルはあたしを値踏みするように見た。
眼窩に填めた片眼鏡の奥から老獪な目が光る。

「……黒谷麻奈です」

あたしはあたしで胡乱な目で会釈する。

「黒谷麻奈、様」

噛み締めるようにあたしの名を反復する。

「では黒谷様、どうぞこちらへ」
< 87 / 168 >

この作品をシェア

pagetop