ぜ、ん、ま、い、と、あ、た、し
黙しているとグレンヴィルがあたしの背中を小突いて催促する。

「は、はい。いかにも私が黒谷めでございます」

平静さを失い、つい変に謙った言い方をしてしまった。

創手はそれが笑いのツボに入ったのか、風に花がそよぐように「ふふふ」と笑った。

それに合わせるかのように集った人々にも笑みが波及する。

テレビショッピングの観覧席から発せられるのに似通った、いかにもな笑い方だった。

「そんなに緊張しないで」

そう仰せられても、あたしは所在なく目を泳がせるしかない。

「ぜんまいのない人を見るのは何年ぶりだろう」

創手は視線を遠くに馳せる。

何年ぶり、ということはあたし以外にもぜんまいのない人が存在していたということだろうか。

尊大に深く玉座に納まる彼を見て思い至る。彼自身の背中にもぜんまいがない。

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