ぜ、ん、ま、い、と、あ、た、し
「来てくれて嬉しいよ、黒谷麻奈さん」

自分から来たわけではない。連れてこられたのだ。

しかし、この雰囲気から推測するに、どうも自分は歓迎されているらしい。周囲からこぞって向けられている視線は、どこか温情を帯びている。

「あの、あたしは何故、ここに?」

断りなく勝手に発言したあたしを、グレンヴィルが鋭敏に窘める。

「これ。無礼であろう」

「構わないよ」

創手が白い手を挙げて宰相を遮る。

彼は大人びた仕草で足を組んだ。

「イチゴを盗んだ命知らずな人間がいるって連絡があってね」

不用意だったあたしはさっと目線を外す。

「その人の背中にはぜんまいがないらしいって聞いたんだ。それでずっと探していた。そしたら偶然街でそれらしき人を見たと教えてくれる者がいて、」

あたしが訊きたかったこととは少し違う答えが返ってきた。

「彼だけどね」

創手が玉座の背後を示す。

そこにはモデル立ちをしたディラン・キャニングがいた。

< 94 / 168 >

この作品をシェア

pagetop