その瞳に涙 ― 冷たい上司と年下の部下 ―
先に寝室から出た広沢くんが、ソファーに置いていたスーツの上着を羽織ってカバンを持ち上げる。
「ねぇ。広沢くんは今出て間に合うの?スーツも昨日のままでしょ?」
出かける準備をする広沢くんの、少し皺の寄ったスーツが気になった。
「俺、今日は会社に行く前に取引先に直行する予定だから、まだ少し時間に余裕があるんです。今碓氷さんちを出たら、一回家に戻って着替えて行く時間があるんで大丈夫です」
「そう」
だから人の家で寝ていく余裕もあったのね。
半ば呆れながら、準備を整えた広沢くんを玄関まで見送る。
「いってらっしゃい」
靴を履いて玄関を出て行こうとする広沢くんの背中に何気なく声をかけると、彼が嬉しそうに振り返った。
「奥さんに朝送り出してもらうのって、こんな感じですかね?」
ニヤリと笑いながら、広沢くんがくだらない質問を投げかけてくる。
「知らないわよ。早く行かないと、取引先との約束の時間に間に合わなくなるわよ」