その瞳に涙 ― 冷たい上司と年下の部下 ―
「ねぇ、礼ちゃん。ママのお部屋に戻る前に、病院のお庭でおやつ食べたい」
「うん。お天気いいからそれもいいね」
「あとはね、今度の今度の土曜日が乃々香の学校の……いたっ……」
売店の出口に向かって歩いていると、私のほうばかり見て一生懸命話していた乃々香が向こうから歩いてきた人にぶつかった。
「大丈夫?あの、すみません……」
「あ、すみません」
よろけた乃々香を庇いながら、ぶつかってしまった相手に謝罪する。
向こうからの謝罪の言葉を聞きながら顔を上げて、私はその場で硬直した。
でも、それは私だけではなくて。
乃々香にぶつかった相手も私と同様にピタリと硬直していた。
「え、どうして……」
さっき病院の入り口で見たのは、やっぱり見間違いではなかったのだ。
乃々香の隣で必死に動揺を押さえている私に、目の前の相手が悲壮感の漂う声でこう言った。
「え。碓氷さんて、隠し子いたんですか?」
「は?」
相手の予想外の反応に、それまでの動揺が吹き飛んで冷静さが戻ってくる。
「しかも、結構大きいですよね……」
私と乃々香を交互に見て視線を泳がす彼を、乃々香が冷静な目でジッと見つめる。
「礼ちゃん。誰、この人」
「あぁ、うん」
私たちの前に立っていたその人は、広沢くんだった。