その瞳に涙 ― 冷たい上司と年下の部下 ―
「間に合ってます」
冷たくそう言って、さらに距離をとって座り直したら、広沢くんが開いた分の距離だけ近づいてきた。
「遠慮しないでいいですよ?」
「してません」
きっぱりと否定したら、広沢くんがやたらと可笑しそうにクスクスと笑った。
「帰りの電車、秋元たちと反対方向で良かったです。もし一緒だったら、碓氷さんとの関係を疑われないように気を付けないといけないんで」
「疑われるようなことは何もないと思うけど」
「そうですか?少なくとも俺的には『何もなく』はないですよ?家に泊まったし、勢い余って2回ほど抱きしめちゃいましたし。秋元の質問に内心焦りましたから」
広沢くんが周りに聞こえないように少し声のトーンを落とす。
そうして横から顔を覗き込みながら悪戯っぽく微笑みかけてくる彼に、私は顔を顰めた。
「何言ってるのよ。平然と交わしてたくせに」
「あ。俺と碓氷さんの関係、もっと匂わせといたほうがよかったですか?」
「何もない関係を、どう匂わせるって言うの?」
「だって、何もないところに噂はたたないらしいですから」
広沢くんが小声でそう言って、クスリと笑う。