その瞳に涙 ― 冷たい上司と年下の部下 ―
Ⅲ
土曜日の午前8時ぴったりに会社に着いた私は、エレベーターを降りてから企画部に続く廊下を曲がったところで一旦足を止めてくるりと踵を返した。
企画部の入り口の前に、見えるはずのないものが見えたのだ。
廊下の壁に背をつけて深呼吸してから、もう一度廊下の角を曲がり直してみる。
けれどそこに見えているのはさっきと同じ光景だった。
どうして、広沢くんが……?
なぜいるのかわからないけれど、施錠されて開かない企画部の入口のドアのそばに広沢くんが立っている。
まだ私に気付いていない彼は、下を向いてスマホを弄っていた。
近付いて声をかけるべきかしばらく躊躇していると、広沢くんがおもむろに顔を上げる。
「あ、碓氷さん。おはようございます」
私に気付いた広沢くんがにこりと笑いかけてきた。
「おはよう。ここで何してるの?」
「先にパンフレットを運んでおきたくて早めに来たんですけど、考えてみたら役職者しか鍵開けられないですよね。碓氷さん、鍵お願いします」
今日は広沢くんが来る予定はなかったはずなのに。
まるで約束でもいていたかのような口ぶりで話す彼に戸惑う。