その瞳に涙 ― 冷たい上司と年下の部下 ―
「それがわかってたなら、どうして来たのよ」
「普通に考えて、碓氷さんひとりで大変でしょ?」
そうだけど。
菅野さんも秋元くんも、パンフレットのミスの重大さに気付いていたけど、完成したパンフレットを運ぶときの大変さにまでは気付かなかった。
パンフレットの運搬について企画部長にさらっと話すことで、気付かせないように仕向けたのだ。
それなのに広沢くんは……
「帰りの電車でふたりになったときに話そうか迷ったんですけど。俺が手伝うとか言い出したら、碓氷さんはきっと全力で拒否するでしょ?だから、勝手に来ました」
広沢くんが口端を引き上げて、悪戯っぽくにやっと笑う。
その笑みに、反論の言葉を失って口を噤む。
どうしてだろう。
この頃広沢くんにはやり込められてばかりで、彼の前では私の上司としての立場が揺らいでいるような気がする。
「俺、奥から台車取ってきますね」
部署の入り口で立っている私を置いて、広沢くんがテキパキと動いていく。
こうしていたら、どっちが上司だか部下だかわからない。
仕事をしに来たのに、ただ鍵を開けただけじゃないか。
私もぼーっとしている場合じゃない。
頭を仕事モードに切り替えると、台車を運んできた広沢くんに歩み寄った。