その瞳に涙 ― 冷たい上司と年下の部下 ―


「どこか行き先とか考えてるの?」

運転席に座ってナビで何か検索し始めた広沢くんに訊ねると、彼が私に振り向いた。


「一応は。れーこさん、どこか行きたいところあります?もしあれば、リクエスト受け付けます」

広沢くんが笑顔で何か訊いてくる。

だけどそれよりも、彼の私の呼び方のほうに意識が持っていかれてしまって、質問の内容が全部飛んでいってしまった。


「え、何?」

「だから、どこか行きたいとかあります?もしあれば、それを優先するんで」


「そうじゃなくて。その、呼び方……」

口ごもる私を見て、広沢くんがきょとんとする。

けれどすぐに言いたいことを理解したのか、私を見てニヤリとした。


「流されちゃうかと思ったけど、気付いてくれてたんですね。さすが、れーこさん」

広沢くんが今度は意図的に私の名前を呼んだ。

わざと間延びさせたその呼ばれ方に、肌が粟立つ。

無言になる私を見て、広沢くんが愉しげに笑う。



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