その瞳に涙 ― 冷たい上司と年下の部下 ―
「碓氷さん、少しいいですか?」
自分の席から立ち上がった広沢くんが、私の元にやってくる。
「何?」
広沢くんと挨拶以外の言葉を交わすのは、カフェで彼との別れ話を聞かれたとき以来だ。
頭の隅でそんなことを思いながら、いつもより少し深刻そうな広沢くんの顔を見上げる。
「あの、少しトラブルがあって……」
「トラブル?」
いつもソツなく仕事をこなす彼にしては珍しい。
さっきの電話の相手先とのトラブルだろうか。
静かに待っていると、広沢くんがぽつぽつと事情を話し始めた。
さっきの電話の相手は広沢くんの担当の取引先。
彼はそこが発売する新商品の折り込み広告を作っていた。
発注部数が多く、うちの会社にとっては大きな取引先だったから、彼も慎重に仕事をしていたし、私も完成品の最終チェックを頼まれた。
取引先に最終のサンプルを提出したとき、相手方にも文句なしだと賞賛されるくらい、できのいい広告だった。