その瞳に涙 ― 冷たい上司と年下の部下 ―
「秦野さんの取引先へのフォローは俺もしておくよ。それより碓氷、ほかに問題がないならもう出たほうがいいんじゃないか?」
企画部長が腕時計に視線を落とす。
つられて私も時計を見ると、もうそろそろタイムリミット寸前だった。
「はい。ありがとうございます」
バタバタと退社準備を進め始める私のそばで、企画部長が頼もしげに広沢くんの肩を叩く。
「しかし、広沢くんはいつも起点が効くな。君には本当に期待してるよ」
大きな声で褒め言葉を浴びせられて、広沢くんが困ったように笑う。
「お疲れ様です」
その姿を横目に見ながら、私はそそくさと出口へと向かった。
「碓氷さん」
そっと出入り口のドアを閉めようとしたとき、自分のデスクに戻るには随分と不自然な回り道をしてやってきた広沢くんに呼び止められた。
まだ何か報告でもあるのだろうか。
不思議に思いながら首を傾げた私に、広沢くんがそっと笑いかけてくる。
「気をつけて。あと、無事産まれたら連絡くださいね」
小声でこっそりささやかれた言葉に、胸と喉の奥がジンと熱くなる。
無言で頷くと、私は静かにオフィスのドアを閉めた。