その瞳に涙 ― 冷たい上司と年下の部下 ―
まだデスクに置けないままでいる自分のマグを持ったままコーヒーメーカーのほうに引き返そうとすると、企画部長が思い出したように私を呼び止めた。
「そうだ、碓氷。妹さん、おめでとう!」
「妹さん?」
企画部長の言葉を聞いた北原さんが、不思議そうに首をかしげる。
「あぁ、碓氷の妹さんが先週末に二人目の子を出産したんですよ」
企画部長が説明すると、北原さんがようやくちゃんと私のほうをまっすぐに見た。
それまでは不自然に私とは目を合わせないようにしていた北原さんが、ほんの少し頬を緩ませる。
「妹さんが。それはおめでとう」
付き合っていた頃、北原さんを一度だけ家族に合わせたことがある。
だから、何か思うことがあったのだろう。
私を見る彼は、そんな表情をしていた。
「ありがとうございます」
冷静に言葉を返して、ミーティングルームに入っていく企画部長と北原さんを見送る。
ふたりの姿がドアの向こうに消えると、頼まれたコーヒーを作るために今来た通路を引き返した。
せっかく淹れたコーヒーが冷めちゃうな。
コーヒーメーカーのそばに置いた自分用のマグを見つめながら、北原さん用のコーヒーを淹れる。