その瞳に涙 ― 冷たい上司と年下の部下 ―




「あれ?鍵開いてるんだけど」

「はー?なんだよ、それ」

遠くからそんな話し声が聞こえてくる頃には、私たちはもう既に会議室を出てそこから数メートル遠ざかっていた。


「よかったですね。間に合って」

広沢くんが口元に手をあてて、笑いを堪えている。

会議室から出るところを誰かに見られたりしていないか、私のほうは気が気ではなかったのに。

広沢くんはそういうことに全く無頓着だ。

よく考えてみれば、広沢くんが予定にないミーティングがあるふうに装って人のことを会議室に押し込めるからあんなことになったのに。

チラッと横目で見上げると、視線に気付いた彼が妙に優しい目で私を見つめ返してきた。

オフィスでデスクを挟んで向き合うときの、上司を見る目とは違う。

大事なものを愛おしむような広沢くんの眼差しが、会議室で交わした彼とのキスを生々しく思い起こさせた。


ああ、私……

ついさっきまで広沢くんと……

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