その瞳に涙 ― 冷たい上司と年下の部下 ―
また冷静さを失ってしまうような気がして、不必要に何度も横髪を耳にかけながら前を向く。
余計なことを考えてはダメ。
今からデスクに戻って、仕事を終わらせるんだから。
前を向くことに注力しながら黙って歩いていると、隣に並ぶ広沢くんが歩きながら私のほうに寄ってきた。
少し近すぎる気もするけれど、すれ違う人から見ればギリギリ不自然には思われないぐらいの距離。
それを保って私の隣を歩く彼の腕が時折当たる。
その度に、広沢くんを意識してしまう自分を抑えるのに必死だった。
それに気付いているのかいないのか、私の隣を歩く広沢くんは何も話しかけてこない。
必死で平静な顔を装いながらようやく企画部の前まで辿り着いたとき、広沢くんが小さくささやく声がした。
「約束、忘れないでくださいね。れーこさん」
隣の広沢くんを意識しまくってようやく歩ききってきたあとの、その言葉の破壊力は大きすぎて。
企画部の入り口の前でいつも通りに平静な表情を保っていられたかどうか、自分でもはっきり断言できる自信がない。