その瞳に涙 ― 冷たい上司と年下の部下 ―




握りしめていたスマホが鳴っている音で目が覚めた。

もう朝……?

いや、着信だ。

こんな時間に一体誰からだろう。

まだ重たい体をベッドに横たえたまま、よく確認もせずに電話を受ける。


「はい……」

ろくに繕わずに声を出すと、向こうから男の人の声がした。


「もしもし碓氷さん。広沢です」

広沢……あぁ、広沢くんか……


「え、広沢くん⁉︎」

とろんと半分閉じかけていた目がパッと開く。


「はい。広沢です。碓氷さん、無事に家に帰れてますか?」

「帰れてるけど……」

「よかった。途中で倒れてないかなーと思って気になってたんです」

聞こえてくる広沢くんの声に、しばらく思考回路が停止する。


「ちょっと待って……私、あなたに連絡先教えてないはずだけど……」

「あ、急ぎの用件で碓氷さんに連絡取らなきゃいけないって言ったら、人事の知り合いが社員名簿で調べてくれました」

広沢くんのあっけらかんとした声に、激しく頭痛がした。


「何を勝手に……この電話を切ったらすぐに削除して。個人情報だから。それにこの前、私が教えるまでは聞くのを我慢するって言ってなかった?」

「そのつもりだったんですけど。緊急事態だったんで」

「言ってる意味がよくわからないんだけど。そういえば、頼んだ資料は?」

会話をしているうちに、だんだんと覚醒してきて頭が仕事モードに切り替わる。


「もちろん、印刷して纏めて秦野のデスクに置いてきました」

「ありがとう。助かった。とにかく、この番号はすぐ削除してね。じゃぁ」

「じゃぁ、じゃなくて。碓氷さんの部屋って何号室ですか?」

「え?」

用件を話し終えて電話を切ろうとしたら、広沢くんが意味不明なことを聞いてくる。



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