その瞳に涙 ― 冷たい上司と年下の部下 ―
◇
握りしめていたスマホが鳴っている音で目が覚めた。
もう朝……?
いや、着信だ。
こんな時間に一体誰からだろう。
まだ重たい体をベッドに横たえたまま、よく確認もせずに電話を受ける。
「はい……」
ろくに繕わずに声を出すと、向こうから男の人の声がした。
「もしもし碓氷さん。広沢です」
広沢……あぁ、広沢くんか……
「え、広沢くん⁉︎」
とろんと半分閉じかけていた目がパッと開く。
「はい。広沢です。碓氷さん、無事に家に帰れてますか?」
「帰れてるけど……」
「よかった。途中で倒れてないかなーと思って気になってたんです」
聞こえてくる広沢くんの声に、しばらく思考回路が停止する。
「ちょっと待って……私、あなたに連絡先教えてないはずだけど……」
「あ、急ぎの用件で碓氷さんに連絡取らなきゃいけないって言ったら、人事の知り合いが社員名簿で調べてくれました」
広沢くんのあっけらかんとした声に、激しく頭痛がした。
「何を勝手に……この電話を切ったらすぐに削除して。個人情報だから。それにこの前、私が教えるまでは聞くのを我慢するって言ってなかった?」
「そのつもりだったんですけど。緊急事態だったんで」
「言ってる意味がよくわからないんだけど。そういえば、頼んだ資料は?」
会話をしているうちに、だんだんと覚醒してきて頭が仕事モードに切り替わる。
「もちろん、印刷して纏めて秦野のデスクに置いてきました」
「ありがとう。助かった。とにかく、この番号はすぐ削除してね。じゃぁ」
「じゃぁ、じゃなくて。碓氷さんの部屋って何号室ですか?」
「え?」
用件を話し終えて電話を切ろうとしたら、広沢くんが意味不明なことを聞いてくる。