極上御曹司のヘタレな盲愛
光輝の就任挨拶が始まった頃、あらかた飲み物を配り終えた私の元に一人の男性社員が慌てたように駆け寄ってきた。

「桃ちゃん!こんな所で何やってるの!」
「あ、藤井課長!お疲れ様です」

庶務課の藤井悠太課長は、兄、光輝の子供の頃からの親友で、兄と同期で『ニタドリ』に入社した。

藤井家は代々政治家を輩出している家柄で、悠太の亡くなったお祖父様も代議士だった。
お父様も現職の国会議員だ。

誠実を絵に描いたようなイケメン与党中堅議員で奥様方のフアンが多く、毎回選挙の度に日本各地での応援演説に引っ張りだこだ。
あまりの人気の高さに次期総理の声も上がっているのだとか。

一人息子の悠太もゆくゆくはお父様の地盤を継いで政治家になるらしいが、今は社会勉強という事で『ニタドリ』で庶務課の課長として働いている。

光輝と親友で、小さい頃からうちに遊びにきていたので私もよく知っている。

子供の頃からずっと何時も優しい悠太の事が私は大好きだ。

悠太は家に遊びに来ていた光輝の友人達の中でも、唯一私と花蓮を差別しなかった。

私の事を『双子の残念な方』と呼んだ事も勿論ない。

だからか学生の頃から私は、親にも兄妹にも話せない自分の苦しい胸の内を、優しい悠太にだけは話す事ができていた。

そんな大好きな悠太が今では私の直属の上司だ。

でも、だからといって会社では馴れ馴れしく話す事はない。

悠太もいつも会社にいる時は「似鳥さん」と呼ぶのに、今はよほど焦っているのか、家に遊びに来た時と同じように「桃ちゃん」と呼んでしまっている。

「すみません。ホントはあそこにいる筈だったんですけど、森山さんが急病で倒れて医務室に運ばれてしまって」
壇上にチラリと目をやりつつ自分がここにいる理由を話す。

「わかった!けど、桃ちゃんも早く着替えてあそこに行かなきゃ!」
と腕を強く引く悠太に、私は足を力一杯踏ん張って抵抗した。

「待って!もうスピーチ始まっちゃってるし!恵利ちゃんの抜けた穴を埋めなきゃ!」
桃ちゃん、と呼んで腕を引く悠太に、私も焦ってついいつもの口調になってしまった。

「桃ちゃん!でも!」

「いいの!悠太!私あんな所に上がりたくない!あそこに家族と一緒に並びたくないのっ!」
スポットライトが当たる自分の家族を遠くに見ながら…。

「私があそこにいる必要はないから。私は私の仕事をするの」

なぜか泣き笑いのような顔になってしまった。

そんな私を見て困った顔をする悠太の後ろから、濃紺の上質なスーツを着た、背がとても高くスラリとした男が現れた。

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