極上御曹司のヘタレな盲愛
一瞬、その姿を見て大河かと思った。
…でも声が違う…。

私の腕を掴んでいた男性の手を引き剥がし、ギリギリと捻り上げているのは…。

「竜牙さん…!」
大河のお兄さんの竜牙さんだった。

「痛い!放せ!私を誰だと思っているんだ!」

「桃ちゃん!大丈夫⁉︎」

航我君が廊下を走ってくると男性は振り返り、ようやく自分の腕を捻り上げているのが、水島の3兄弟の長兄だと気づいたようだった。

男性は途端に大人しくなり、紳士然な振る舞いをしだした。

「手を放して頂けませんか?誤解されては困りますよ。彼女にはただ…トイレの場所を訊いていただけです」

「目の前にあるのに?」

男性はグッと詰まったが
「そうですね、気づきませんでしたよ。では、失礼します…」

白々しくそう言うと、竜牙さんの手を振りほどき、そそくさと逃げ出した。

「あ…ありがとうございます」

「大丈夫か?顔色が悪いが…」

「もう…大丈夫です」

「大丈夫なようには見えない…。航我…お前、アイツにちゃんと見張っておけと言われていなかったか?」

「ごめん!ちょっと目を離した隙に…!桃ちゃん、本当に顔色が悪いよ。一体、何があったんだ」

あんな事を言われたなんて…言えない。
私はふるふると首を横に振る。

「今の男って…」

「ST製薬の斉藤社長だな…例の…しつこい…」

「はあ?アイツら父娘揃って桃ちゃんに嫌がらせかよ!ふざけんな!」

航我君は学生時代、テニス部の1年後輩だった。
私が斉藤紫織を始めとする大河たちのフアンに、数々の嫌がらせを受けていた事をよく知っている。
勿論、私が『双子の残念な方』と呼ばれている事も…。

「パーティーにも飽きたところだ。抜け出しがてら俺が送ってやってもいいが…」

「兄さんはダメ!俺が送って行く!じゃないと、あっちに殺される!」

竜牙さんと航我君がよくわからない事を言っているけど、気分が悪くそれどころではない。

「ふん、わかったよ」

竜牙さんは大河によく似た顔で私の顔を覗き込み、なぜか私の頭をヨシヨシと撫でると身を翻し…「じゃあな」とパーティー会場の方に行ってしまった。

その後しばらくロビーで休んだ後、航我君が車を回して家まで送ってくれた。
両親には竜牙さんが、気分が悪くなり先に帰ったと伝えてくれたらしい。

車の後部座席に航我君と一緒に座ると、早速尋問が始まり、結局私は、斉藤さんの父親に言われた事を洗いざらい話してしまった。

航我君は悠太とよく似ている。
優しく優しく私に根気強く訊いてくるので、最終的に私は何でも話してしまう。

「何だそれ!本当に嫌な父娘だなぁ!桃ちゃんじゃなくても吐き気がするよ!」

航我君が、家に着くまでずっと私以上に怒ってくれたので、なんだか気が抜けてしまった。


が、それ以来…私はパーティーと名のつくものには出ないようにした…。


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