ことほぎのきみへ
「それに、いろはちゃんの料理もかなり気に入ったのね。すごく喜んでた。
……私が作ると手をつけないくせに」


ぼそりと付け足して
腹立たしそうに、ちっと舌打ちする矢那さんに
私はえ?と疑問を浮かべる


「……喜んでました?
ひさとさんあんまり表情変わらないから」


食事中もほぼ無言、無表情だったし
全然喜んでるようには見えなかった


「慣れれば分かりやすいわよ、ひさとは」

「…」

「たまに来て、ごはん一緒に食べてくれるだけでいいの
……だめかしら?」


期待半分諦め半分の目で、苦笑を浮かべて
私に聞いてくる矢那さん


……


突然の申し出に戸惑いはあったものの

…………胸に浮かんだのは喜びに似た感情



あの人に会う口実ができることが嬉しくて



何か理由がないと会えないから


あの人が私を放って置けなかった理由が
私の過去なら、過去に縛られてる私なら


痕は残ってるけど

それが解消した今


もう私に関わる理由も、気にする理由も
あの人にはないから


だから


「……私でよければ」

「!ありがとうっ」



頷くと、がっしり私の両手をつかんで
ぶんぶんと勢いよく振る矢那さん

すごく嬉しそう笑うものだから
つられて口許が緩む




「何の話?」

「あ、良いとこに。
あのね、ひさと……」


からになった洗濯かごを持って
戻ってきたひさとさんが
ハイテンションの矢那さんに首を傾げる


そんなひさとさんに矢那さんが事情を話すと
ひさとさんは変わらず無表情で


「……そう。えっと…よろしく?」

「はい」



かける言葉に悩んだのか疑問系

だけど、私がここに来ることを嫌がったり
反対したりはしなくて


…………それがまた、嬉しくて




耳に心地良い声と

落ち着くその気配




居心地のいい場所を見つけてしまったんだ


それを



手離したくないって



思ってしまった
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