ことほぎのきみへ
――……


ひさとさんがちゃんと夜も食べるように
余った食材で
何品か作り置きのおかずを作って

それを冷蔵庫に入れて、後片付けを終えた後


そろそろ帰ろうと
私はひさとさんに声をかけようとして


「……あれ?」


さっきまでソファーに座っていた
ひさとさんの姿がなくなってる事に気付く


トイレにでも行ったのかな?


そう思ったけど




「……だから、その話はお断りしたはずです」



廊下の方から微かに聞こえた話し声


……ひさとさんの声


そっと、キッチン側のドアを開いて
廊下を覗き込むと


スマホを耳にあてて
誰かと話すひさとさんの姿を見つける



「……今回も、出すつもりはないので」


……


「…………売り物にする気もないので」


……
……


「……」


……


「忙しいので、失礼します」




通話を切るなり
深くため息をつく、ひさとさん


……剣呑とした雰囲気に肌がぴりぴりする


苛立ってるような、怒ってるような

……疲れたような


そんな空気


「…」


声をかけていいのか悩む私に
気付いたひさとさんが私を呼ぶ


「いろは」


ふっと、雰囲気が和らいで
いつものひさとさんのものに戻る

それにほっとしながら
私はひさとさんの傍に駆け寄る


「……あの、大丈夫……ですか?」

「うん。いつものことだから」

「…電話の相手って」

「大学の先生だよ」

「ひさとさん、学生だったんですか」
< 130 / 252 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop