ことほぎのきみへ
……
……
……



「……今、いろはちゃんの前にいるのが私で良かったわ」


少し困ったような笑顔を浮かべて
矢那さんが私のほっぺたに触れる


「ひさとは、あなたのこういう顔を見るのが
すごく嫌なのね」


「……泣いて、ないです……よね?」


自信がなくなって言葉がしりすぼみになる
だけど
ほっぺたに触れた矢那さんの手は涙で濡れてない


「ええ。だけど、泣きそうな顔」


「……」



…………大切なものを守りたいから


ひさとさんは頑張ってる


ずっとずっと


本当なら

煩わしいものは全部、捨ててしまいたいだろう

今すぐ投げ出して自由に生きたいだろう



その気持ちは



「……痛いくらいに、知ってるから……」



「記憶」や「思い出」のあたたかさ

それが染み付いた場所で

事あるごとに浮かぶ大切な人の声や姿


あたたかいだけじゃないけど

辛さや痛みだって感じるけど


失いたくはない


それがたとえ「現実」にはなくても

その「場所」に
「記憶」や「思い出」として残っているならー……


その「場所」を守りたいと思う




……ひさとさんと私は似てる



矢那さんの言う通りだ



私も、お母さんとの思い出がたくさん刻まれてる家を守りたい

お母さんが遺した大事な人達を守りたい


ひさとさんが「約束」を「家」を守りたいって
言うのと同じくらい


強く思う

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