ことほぎのきみへ
待って

お願いだから

もう少しだけ、ここにいて


もう少しだけ



傍にいて



遠ざかっていく姿

私は必死に手を伸ばして





「…いろは?」

「…………あ、れ……?」


夢と現実の境があいまいになっていた


夢の中のお母さんに手を伸ばしたのに

……つかんでいたのは、現実のひさとさんの手



「…………ひさとさ……」

「うん。…なんで、泣いてるの?」


広げていたスケッチブックを閉じると

私の手を握り返して
ひさとさんは静かに問いかけてくる


「体、辛い?気持ち悪い?」

「……ち、ちが……」


声を出したら、余計に涙が溢れてきて


「……ふっ、」

「…」


ぼろぼろ泣く私に
ひさとさんはもう片方の手を伸ばして
何度も涙を拭ってくれる



「……お、お母さんの、夢を視て……」

「辛い夢?」

「……し、幸せ、な……夢……」


だからこそ、余計に


「……そう。それは…」


嬉しいのに……悲しい


「…嬉しくて、悲しいね」



重なった言葉

ひさとさんを見上げれば
どことなく寂しげな表情を浮かべてる

…………同じ痛みを、気持ちを知ってる顔に

涙は一層溢れて



「………ひ、ひさとさんは…どこにも……
い、行かない……?」


急に不安に襲われる


「……私を……置いて……どこかに、行っちゃう…?」


お母さんみたいに


「いろは」


急に目の前からいなくなる?


「……やだ………置いて行かないで……」


置いていかれるのは嫌


「いろは。聞いて」


ひとりだけ取り残されるのは嫌


「…………そばにいて……」


大切な人を失うのはもう嫌
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