ことほぎのきみへ
「雪、降ってきたね
ひどくなる前に早く帰ろ」


頭上からちらほら雪が降り始めて

気付いたひさとさんはそう言って再び歩き出す


「…」


だけど私はその場に立ち止まったまま
じっと、その後ろ姿を眺める




……伝えるなら、今だって思った




「……ひさとさん」

「ん?」

「私、ひさとさんに会えて本当に良かったって思ってます」

「……急にどうしたの?」



少し先で振り返ったひさとさんは
突然そんな事を言い出した私を
不思議そうな顔で見た




「……あの時からずっと、お礼を言いたくて
また会いたいって……思っていて…」




ずっとずっと


会いたいと思っていた



願っていた




もう一度会えたら


それだけで充分なはずだった



もう一度会って、お礼を伝えて


それで満足するはずだった



なのに




「……何度も、ひさとさんは私を救ってくれた
あの頃の私を、今の私を」


「……」


「………良かったんです。
苦しくても悲しくても……辛くても
あの時、ひさとさんがくれた言葉があったから」


「ひさとさんのくれた言葉が
私の心を支えてくれてたから」


「あの言葉と、あの優しい記憶があれば
生きていけるって」



何度、押し潰されても


悲しくて、苦しくて

逃げ出したくなっても


痛くて、辛くて

目を逸らしたくなっても


どうしようもなくて

泣きたくなっても



あの言葉を

ひさとさんの笑顔を思い出せば



そのまま抜け出せなくても、縛られたままでも



苦しいままでも



生きていけるって
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