ことほぎのきみへ
『完全に抜け出せてはいない。違う?』

『…』



……本当に、変わらない


どうしてこの人はこうも簡単に
人の心を見透かす事ができるのか



『誰が、何がきみをそこに縛り付けるの?』



内に閉じ込めていた記憶を暴くように紡がれる言葉

柔らかいけど容赦のない問いかけは
私の中に深く入り込んだ







「……の、せいで……」


「……して、…………よ……!」



響くのは、あの人の慟哭

浮かぶのは、泣き崩れて
「それ」にすがり付くあの人の姿


誰よりも何よりも愛していた、慈しんできた相手を


私が奪った



「……あなたが…………ば、良かったのに」










ヴーヴーヴー……


ポケットから伝わる振動で意識を引き戻された

振動の発信源は私のスマホ

わたわたとスマホを取り出すと
ゆうりからの着信


『…あ』


置き去りにしてしまった彼女の事を今の今まで忘れてしまっていた


『ご、ごめんなさい。
も、戻らないと……っ』


ぺこりと頭を下げて慌てて踵を返す


『……もう一度、会えて本当に良かったです
ありがとうございました』



今度こそもう二度と会うことはないだろう


去り際にもう一度お礼を言う
そんな私にあの人は言った



『……夏が明けたらあの場所においで』

『え?』

『平日の夕方なら、大抵俺はそこにいるから』

『え、あの……』

『じゃあね』


私の返事も待たず
あの人はまた石階段をくだっていった


『…』







ドォン!!


段々と遠ざかっていくその姿を
呆然と立ち尽くしたまま見送る私の背後で
それはそれは大きな美しい花火が


空に咲いた

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