ことほぎのきみへ
……
……
……


…………だめ


……聞いちゃ……だめ


…はやく、切らなきゃ……


……本能が危険を察知して警告してくる


だけど、べったりと貼り付いたように
受話器が耳から、手から離れない



……はやく、切らないと……



じゃないと





『…………久しぶりね』




焦り始めた時にはもう遅くて



受話器の向こうから響いた花菜とは別の声に



どこまでも冷ややかで鋭いその声に



どくんと心臓が、体が、激しく反応した




「……」



………かたかたと全身が震える


冷や汗が止まらない


声が、うまく出せない




『…………挨拶もなし?
相変わらず嫌な子……』


「っ」



隠そうともしない
嫌悪感剥き出しの低い声に身がすくむ




……どうしよう



どうしようどうしよう




……この人の声を聞くのは、何年ぶりだろう




あの時と全然変わらない


記憶のままの冷たい声



……
……


………………怖い



……これ以上、この人の声を聞きたくない



心の中は恐怖心でいっぱいで
それを耐えることに精一杯で


…………言葉なんて、返せない



……
……




『…ねぇ、あなたはどうして笑っていられるのかしら』



向こうから通話を切ってくれることを僅かに期待した


だけど、そんな淡い期待は粉々に崩れ落ちた


向けられる刃物のように鋭い言葉は止まらない
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