溺愛依存~極上御曹司は住み込み秘書を所望する~
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「いいえ」
秘書室のドアを開けて、私が通り過ぎるのを待ってくれる室長にお礼を言った。
不本意な異動辞令に、秘書室で感じた疎外感……。
早くも心が折れそうになっている私にとって、物腰が柔らかくて紳士的な室長の言動は癒しの源。室長を前に和んでいると、秘書室から出て廊下を進んでいた彼がエレベーターのボタンを押した。
フジオカ商事本社ビルは地上十五階建て。最上階には社長室が、その下の十四階に専務室がある。
今まで五階の経理部で働いていた私にしてみれば、高層階は未知なる世界。心拍がトクトクと波立つのを感じていると、十階に到着したエレベーターのドアが静かに開いた。
「どうぞ」
先にエレベーターに乗り込んだ室長が、ドアに手を添えながら声をかけてくれる。
「ありがとうございます」
室長に続いてエレベーターに乗るとドアが閉まった。
「雨宮さん。エレベーターのマナーですが、乗り込むときは自分が先に、降りるときは自分が最後に。その際、ドアが閉まらないように手を添えることを忘れないでくださいね」
室長の口調は丁寧なものの、その目は少しも笑っていない。
「はい。わかりました」
「“わかりました”ではなく、“承知いたしました”です」