溺愛依存~極上御曹司は住み込み秘書を所望する~
彼は結婚の約束をした私から五百万円を騙し取った結婚詐欺師。彼は私に『田中実』と名乗ったけれど、それは偽名だ。
彼に騙されてひとりで泣いた悲しくてつらい過去を思い出し、胸がズキズキと痛み出す。
じっとしていても額に汗が滲み出るような夏の暑さとは対照的に指先がどんどん冷たくなっていき、顔から血の気が引いていくのを実感した。
「雨宮さん? 大丈夫?」
「……」
膝に力が入らずその場にしゃがみ込む私の背中に、専務の腕が回る。
心配かけたくはないのに『大丈夫です』という言葉が口から出てこない。
体が小さく震え出すなか顔を上げると、私に田中実と名乗った男と長い髪をひとつに束ねた女性がタクシーの後部座席に乗り込む姿が見えた。
彼は私と会う前に何人の女性を騙し、そしてこれから何人の女性を騙すのだろう……。
後部座席のドアが閉まり走り出したタクシーが、ユラユラと揺れて見える。
涙を流しながら痛む胸に手をあてていると、専務の腕が腰と膝の裏に回り、体がふわりと宙に舞い上がった。
「危ないから俺に掴まって」
正面玄関前で横抱きされたら変に目立ってしまう。でも私を騙した彼を目撃してしまったショックは想像以上に大きくて、体の震えが止まらない。
「……はい。すみません」
このままではひとりで歩けそうにないと思った私は、彼の厚意に甘えることにした。
彼の首に両腕を回した私は決して小柄ではない。それなのに私を軽々と抱えたまま足を進める。
突然しゃがみ込んで泣き出した理由を聞かずに、ただ救いの手を差し伸べてくれた彼の優しさが心に沁みて、瞳から大粒の涙が再びこぼれ落ちた。