愛し*愛しの旦那サマ。
2.ツンデレ旦那とゴクデレ新妻
〇早朝に起きて、メイク、朝食づくりをすませる可愛い若奥様イメージの主人公櫻井幸代。愛しの旦那様、臣くんを寝室へと起こしにいく。
幸代「臣くん、臣くん~」
臣「……」
幸代「朝だよ~起きて~」
臣「……」
幸代「お~き~て~」
臣「……」
(幸代ナレーション)そう声をかけるも、旦那サマはなかなか直ぐには起きてはくれません。仕方ないので、こんな時は私が、
幸代「―…抱きついて、チューするよ」
こう言えば、ムクッと布団の中から出てきてくれます。
幸代「おはよう、臣くん」
臣「おはよ……」
幸代「今日はね、一日晴れだって」
臣「……あ、そ」
あら。何だか今日は何時もより私のモーニングトークに返事をしてくれる臣くん。けど、
幸代「臣くん、今日も朝から愛シテル」
臣「……」
はい。そこには応答ナシ。
でも大丈夫。これは通常通りの私への対応ですから。さて、気を取り直して、
幸代「朝ごはんはね~今日は和食でね、ちゃんとお味噌汁はイリコさんからとったんだよ~あ、イリコさんっていうとイリ子さんみたいで名前みたいだね~」
臣「……」
と、まぁ、そんな会話をしながら食卓へ行って、
幸代「いただきま~す」
臣「いただきます……」
と、二人仲良く朝食をとるのです。
朝食をとった後は、旦那サマは出勤の準備にとりかかります。
顔を洗って、歯を磨いて―…スーツに着替えてから髪の毛のセット。
そして、胸にはキラリと光るひまわり型のバッジ。
準備が整うと、旦那サマはお仕事に向かうのです。
幸代「はい、カバン」
臣「……」
幸代「ネクタイ曲がってる」
臣「……」
幸代「今日も頑張ってネ」
臣「……」
幸代「じゃあ、行ってきますのチュ……」
と、私が愛らしい唇をチューの形にすると、ガチャン……!という音が響く。
どうやら―…玄関のドアを閉められたようです。
でもね、この位、私にとって全然問題ありません。
さて次は、テラスへと猛ダッシュ!
マンションを出て行く旦那サマの姿が見えます。そして、出勤していく後ろ姿を見えなくなるまで見送り、
幸代「はぁ~…あのスーツ姿に癒されるわ~」
と、しばらくテラスで浸るのが私の日課なのです。
(寝起きから終始、無表情の臣。に対して、愛情ダダもれの幸代)
(臣への余韻に浸りながら自己紹介)
まずは、そんな私の自己紹介から。櫻井幸代(サクライサチヨ)旧姓 佐藤幸代 26歳 O型
普通の幸せな家庭に育ち、平均値レベルの高校と大学を卒業し、普通のOLさんをした後、超念願だった寿退社。
容姿は普通。上でもなく下でもなく、いたってフツー。
普通っていうのが、どういう基準で普通かっていうのは人それぞれだとは思うけど、とりあえずパッと見、普通女子の私。そんな私が晴れて入籍した相手は―…
誰もが羨む極上の男性。
名前は櫻井臣(サクライオミ)年齢は私と同じ26歳。AB型。
身長180㎝のモデル体系。
天然のダークブラウンの髪に、茶色を帯びた綺麗な瞳。
中世ヨーロッパの貴公子を髣髴させる整った顔立ちは、そこら辺のモデルや二枚目俳優よりも格好イイ。
実家は資産家。
有名進学高校を卒業後、難関大学の法学部を一発合格。
そんでもって、司法試験にも一発合格して、現在は法律事務所勤務の弁護士さん。
容姿端麗。
頭脳明晰。
経済力、生活力、申し分ナシ。
人によっては若干の好みがあるにせよ、一般的に言えば、誰もが羨む極上の旦那サマでしょう。
(幸代の説明通りの臣の様子が浮かぶ)
ただ―…
周りが指摘する欠点をほんのちょっとだけ挙げるとするなら、他人にあまり興味を示さず、冷酷な部分があり、近寄りがたく、気難しい性格に見える、という感じでしょうか。
でもっ!でもね、“興味を示さない”とか“クール”とか、それって言い方を変えればクールってことだし、容姿も頭脳も優れていて、これで性格も良かったら不公平すぎるということで、きっと神様が私の旦那サマをこんな性格にしてしまったんだと思うの。まぁ、そんなところも含めて旦那サマこと臣くんのことが大好きだからいいんだけどね。妻である私から見ては、ぜんっぜん問題ナシっ!
〇テラスで浸っていた筈の幸代だが、目の前には冷たい視線を向ける友人、理沙子の姿が。
理沙子「―…よくないでしょ」
幸代「え?」
理沙子「え?じゃなくて、あんた本当にそれでいいわけ?」
臣くんの事を思い浮かべ幸せに浸る私に向けられる冷たい声。
目の前で私の一番の親友、理沙子が呆れた表情で私を見ながらアールグレイティーを飲んでいる。臣くんを見送って、約三時間後に理沙子はやって来た。
理沙子「他人にあまり興味がないって言うけどさ、妻のアンタにも基本的に無関心だし、ほんの少し冷酷でって、私が知ってる限りじゃ、あんなに冷たい男いないよ」
(理沙子のキツイ言葉)
幸代「そんな大げさな~、そりゃあ、他人に冷たくて私にも冷たいけど、どっちかっていうと、他人より私に冷たいから、それ位私の事が特別ってことで~」
あはは、と笑いながら言う私を、理沙子は今度は哀れみの目で見始めた。
(能天気に笑う幸代を哀れむ理沙子)
一番の心の友、武井理沙子(旧姓、篠原)とは中学からの付き合いで、高校も大学も同じ学校に通ってきた仲だ。ちなみに、理沙子も既婚者で、結婚歴は半年。
私と臣くんは結婚してまだ2ヶ月だから、奥様歴は理沙子のほうが少し上。お互いにまだ子どもが出来ていないので、理沙子の仕事が休みの日には、こうして我が家のマンション(臣クントノ愛ノ巣)でお茶を飲んだりしている。
そんな感じで新妻同士のティータイムを楽しんでいると、
理沙子「来るたびに思うけど、凄いね」
理沙子が手土産に持ってきたクッキーをつまみながら、リビングを見渡して言う。
幸代「えー、何が?」
そんなに凄いものでも置いてあったっけ?と、私も周囲をぐるりと見渡す幸代。
理沙子「壁」
ソファーの後ろの壁を理沙子が指差す。
幸代「?かべ??」
いたって、フツーの壁ですが?と首をかしげる幸代。
理沙子「いくら新婚でも、そんなに飾ってる家って今時珍しいと思うんだけど」
理沙子が指摘するその場所には、大事に大事にフレームに収められた臣を中心とした写真の数々。
なんだ~写真か~
そう思って、のんきに思う幸代
幸代「さすが理沙子ぉ~このスーツ姿の臣くん素敵でしょ~?!これはね、結納の時の貴重な一枚なの~」
と、解説を始める。
(自信たっぷりの幸代ナレ)ソファー後ろの壁は、私と臣くんの今までの愛の軌跡展示場といっても過言ではない。知り合ってから今までの写真が何枚、いや、何十枚??も大事に飾ってあるのだ。
その中で、一番大きく引き伸ばして飾ってある写真が、結納時のスーツ姿で煙草を咥えている一枚。
うふふふふ、と、あまりにもの臣くんの素敵なスーツ姿に思わず口が緩んでしまう幸代。理沙子はドン引きした顔をして見ている。
理沙子「じゃあ……この写真は何?」
壁際に寄って、次の一枚を指差して訊ねる理沙子。
幸代「あっ、それは、貴重なお風呂上りの髪を乾かす前の写真」
理沙子「こっちは?」
幸代「大学の卒業式」
理沙子「……うちらと臣くん、大学違うよね?」
幸代「うん。K大卒業式典会場に潜入して隠し撮った」
理沙子の質問にニコニコと回答していく幸代。
理沙子「潜入……?」
幸代「うん。センニュー」
理沙子「まァ、深くはつっこまないけどさ……それにしても写真、飾りすぎじゃない?」
どうなのよコレ、という理沙子の言葉。
幸代「ぜんっぜん。本当はね、数ある写真の中から吟味したお気に入りショットが、まだまだ飾ってあったんだけど、臣くんにどっかにしまわれちゃって……」
だいぶ、数が減っちゃったのよ、と説明する。
理沙子「なんで、こんなに飾っちゃうの??」
幸代「私と臣くんの二人の愛の軌跡だから」
理沙子「二人の……って、基本、臣くんしか写ってないよ?しかも、お気に入りとかいう結納の写真なんかさぁ、この着物着た人ってあんたでしょ?すっごい見切れて……」
と、そこまで理沙子が言うと、
幸代「そうなのっ!!」
思わず叫び声を上げてしまう幸代。
幸代「その写真はね、私と一緒になかなか写真を撮ってくれない中での貴重な貴重なツーショット写真なのよっ!!結納の時は、家族写真は嫌々写ってくれたんだけど、ツーショットになると何故か断固拒否されてね~でも!奇跡的にお母さんがシャッターをきってくれてて―…」
この奇跡の一枚が撮れたの!!そんな幸代の素敵な力説に、理沙子の顔は完全にひきつってしまってる。
理「―…ねぇ、幸代」
幸「うん?」
理「アンタ、幸せ?」
幸「うん、もちろん」
理「本当に幸せ?」
幸「不幸そうに見える??」
世界で、いや、宇宙で一番大好きな臣くんと結婚できた私が幸せで無いわけないでしょう。私のこの幸せに満ちた顔が理沙子には見えないのかしら?
理「だって、結納でツーショット写真撮ってくれない男とか、初めて聞いたよ」
幸「だって、臣くん、写真好きじゃないほうだし」
理「しかも、アンタら結婚式もしてないでしょ?」
幸「だって、臣くん目立つの好きじゃないほうだし」
理「せめて、結婚写真くらい撮りにいけば?」
幸「だから、臣くんは写真が好きではなくてぇ―…」
そこまでどうどう巡りの会話を続けると、
理「いくら顔が良くて経済力あっても、私はムリ」
理沙子がきっぱり言う。
理「あのね、臣くんはモデルや俳優並にカッコいいし、頭も良くて、収入も安定してる。確かに、そんな相手と結婚できた幸代を羨ましがる女はたっくさんいると思う」
でもね、と、理沙子が続ける。
理「アンタのその変態気味な性格を考慮したとしても、結婚までして、しかもまだ新婚なのに、冷たくあしらわれながら一つ屋根の下で生活するのは私にはムリだわ」
友人としてなら、臣くんタイプの男でも普通に付き合いは出来るけど、結婚相手としては私は無理。と、理沙子は愛の軌跡展示コーナーを離れてダイニングテーブルの椅子に座る。
変態気味……
って、親友にそりゃないよ。
(落ち込むかと思いきや…)
まぁ、大好きな理沙子だから許すけどネ。
けど、こんな私に対して幸せかどうか聞いちゃうなんてさぁ、理沙子ったら心配屋さんネ。(普通はショックを受けたりしそうなところを全然効いてない幸代)
幸「そう?私、すっごい幸せだけど。臣くん、LOVE」
理「うん。ずーっと、アンタたちを見てきたから、アンタが臣くんをバカみたいに好きなのは知ってるし、幸せって答えるのもわかってる」
幸「じゃあ、何で聞くの?」
幸代は眉間に皺を寄せる。
理沙子はアールグレイティーをくいっと飲み干して、
理「ふとした瞬間に不安になったりしないのかな、って思って」
そう、幸代を見て言った。
幸「……」
理「何よ。図星?」
無言で俯く幸代に理沙子が突っ込む。
幸「―…安心する」
理「はぁ?」
幸「そんな考えの人もいるんだって、安心する!」
理「はぁぁ??」
幸「だって、臣くん、すっごくモテるでしょっ?!付き合ってる時だって、私という彼女がいても周りの女が臣くんをほっとかないオーラ放出しまくりだったし、結婚してもそんな状況変わんないし!だから、臣くんみたいな人をムリっていう意見を聞いて、私は今ちょっと安心したわっ」
ありがと~!!
と、最大の感謝を込めて理沙子にハグしようとしたけど、避けられてしまう。
まぁ、それはいいとして。勿論、地球上の女という生き物みんなが臣くんに惚れてしまうわけはないけど、知り合った時からあまりにもモテる場面ばかりを見てきたので、そういう貴重なご意見を聞くと、私はすご~く安心するのだ。
(さすがに落ち込むかと思いきや、やはり効いてない幸代)
そりゃあ、理沙子が言うように、出来るものなら結婚写真も撮って、親族や友人、職場の人に祝福されながら、盛大―…とまではいかなくてもいいけど、素敵な結婚式を挙げたい、っていう思いはある。式を挙げるなら、絶対に神前式で、臣くんには絶対絶対、紋付袴を着せたい。披露宴ではタキシードで―…
おっと、やばい。
タキシード姿の臣くんを想像したらヨダレが出そうだ。
(幸代の妄想族の走りが始まる)
そんな感じで別の世界にいってしまっていると、
理「モドッテコイ」
と、理沙子のドスのきいた声で、我に返る。
理「アンタ、どうせ、臣くんのタキシード姿なんか想像してデレてたんでしょ」
幸「あはは~わかる?さすが、理沙子、エスパーだね!」
理「……」
幸「ゴメン」
あまりにも理沙子が凄い形相になったので、とりあえず謝罪した。
いや、わるいことなんて私、してないけどね。一応、謝罪しとく。
(しかし、にくめない幸代)
話は反れたけど、とりあえず、結婚式を挙げたい願望や写真を撮りたい願望がないわけではナイ。ないわけではない、というか、むしろ、ある。
もぉ、臣くんと戸籍上夫婦になれた上に結婚式まで挙げてもらえるなんて考えたら、感動で涙がちょちょぎれそうだ。
だけど―…
幸「臣くんが乗り気じゃないから、無理にとまではいいの。臣くんとの披露宴とか妄想しただけで、三日はご飯食べなくてもイケそうだし」
そんな幸代的マジメな答えに、
理「はいはいそーですか。あんたがいいなら、もーいいません」
理沙子からは、しらけた口調が返ってきた。
何だかワケわかんないけど、理沙子に勝った気がした。
理沙子の指摘に私の臣くんへの愛が勝利した気分だ。そんな気分に浸っていると、
理「あー、もうこんな時間だ。じゃあ、もう帰るわね」
理沙子が立ち上がった。
幸「えー、もう帰るの?もっとゆっくりしていけばいいのに」
理「いや、スーパーとか色々寄って帰らなきゃいけないし、夕飯の準備もあるから、そろそろおいとまするわ」
理沙子の言葉に、おお、主婦的発言ダナ~、と無意味に感動してみる。
理「さっきの話だけど、私も今さら本気でアンタに臣くんのことを釘さしに来たわけじゃないから」
幸「そうなの?」
理「アンタと何年親友やってんと思ってんの?今さら、アンタの一方通行的な臣くんへの愛情に文句つけたって、何か変わるわけでもないでしょ?」
理沙子の言葉にそれはごもっともだ、と納得する。理沙子は私のしつこいくらいの臣くんへの愛情をイヤと言うほど目の当たりにしてる人物だ。
結婚してしまった今、本気であーだこーだ言うってのは、理沙子の性格上からみてもありえない。
むしろ、そんな一方通行的な愛で戸籍上の妻という続柄までゲットしてしまった私の根性に尊敬の意まであらわしてくれたほどだったしね。
(二人の良き友人関係)
理「じゃあ、臣くんにもよろしく言っておいて」
幸「はいはーい」
理「あんまり臣くんにしつこくしなさんなよ」
幸「はいはーい」
理「……じゃあね」
幸「バイバーイ」
そんな感じで、女子で一番大好きな理沙子を見送った。
理沙子が帰ってしまった後、私は夕飯の準備にとりかかる。
今日の夕食は、臣くんが出社してすぐにわざわざメールでリクエストしてくれたメニュー。
今朝、掃除をしながら理沙子が来るのを待っていると、携帯から“銀恋”が、流れてきた。
その着信音を聞いた私は持っていた掃除機を投げ出して、携帯に飛びつく。
ルンルンな気分でメールを開くと、
牛すじ肉の赤ワイン煮込み
パッションフルーツ
とだけ打たれてあった。
たまに臣くんは、こんな感じで夕飯のリクエストメールを簡潔に送信してきてくれる。理沙子が来る時間まで、まだ余裕はある。
パッションフルーツを検索して、おいしい見分け方なんかが載ったページをプリントアウトし、それからダッシュで買い物へと出かけたのだった。
牛スジ肉の赤ワイン煮込みの材料は苦労せずにゲット出来たんだけど問題はパッションフルーツ。スーパーや青果店を何件もまわってもなかなか発見出来ないから、探し回りながら、ここが奄美大島だったら……と、何度願ったことか。
そうそう。臣くんにメールをもらってパッションフルーツを検索するまで、パッションフルーツの“パッション”は“情熱”の“パッション”かと思っていたんだけど、どうやらそれは違うらしいの。
“キリストの受難”という意味で花の形がキリストが十字架にかけられている姿ににているから、そんな名前がついたんだって。
私はまた一つ博学になった気がした。
ありがとう臣クン……
そんなこんなで、そろそろ帰らないと理沙子が来てしまう、という時間になった頃、やる気のないオジーチャンが営む青果店で、幸代はみごとパッションフルーツをゲットしていた。
幸代キッチンなう。圧力鍋で牛スジ肉の赤ワイン煮込みを作り、リクエストにはなかったけど、お野菜たっぷりサラダも作りましょう。
“銀恋”をフーンフフーン~♪と鼻歌にしながら、愛情を込めて夕食を作る幸代。
そして、臣が帰宅したのはPM20:01。
“ガチャッ―…”
と、鍵穴にキィーをさす音が聞こえると、幸代はダッシュで玄関へと飛び出し、お出迎えの体制をとる。
ガチャリ、と、ドアが開くと、
幸「おかえりなさ~い!!」
満面の笑みで仕事帰りの臣くんをお出迎えする。ついでに、
幸「今日も一日、ご苦労サマ、愛してるスキスキ」
そんな愛の告白も忘れずに。
一緒に暮らし始めて、初めて仕事から帰る臣くんを出迎えた日は、クラッカーを鳴らして出迎えたんだけど、なかなか音がうるさくて、近所迷惑になるので一日で却下。
次の日は折り紙を細かく正方形型に切って、紙ふぶきを作って出迎えてみたんだけど、これまた片づけが面倒で、仕事帰りの臣くんを眺める貴重な時間が減ってしまうことに気がついたので、結局それも却下却下。
色々と考えた結果、最終的には満面の幸代スマイルでお出迎えをするということに落ち着いたのだ。
肝心の臣だが―…ご帰宅してから、まだ一言も発していません。
でもダイジョウブ。そろそろ、何か一言来る筈。
さぁ、今夜の第一声は??
ワクワクしながら、何時ものように臣くんが脱いだジャケット、ネクタイ、カバンを受け取る。すると、
臣「腹減った」
という臣くんのお声が!今夜の第一声は“腹減った”イタダキマシタ。
帰宅後、やっと聞けた第一声に感激しながら、ジャケットとか、臣くんから受け取ったものを丁寧にしまう。
脱ぎ立てのジャケット……臣くんの匂いがして、たまらない。香水とかつけていない筈なのに何でこんなにイイ匂いがするのか不思議でならない。
やっぱり顔がいいと、身体から放たれる匂いも素敵なんだろうか……と考えてみる。
でもここで考えてる暇はない。脱ぎたてのジャケットさんと離れがたいけど、お腹を空かせている臣くんに、早く夕食を出してあげなきゃいけない。
急いでキッチンに向かい、牛スジ肉の赤ワイン煮込みを暖め直す。冷蔵庫からサラダとパッションフルーツを取り出して、ダイニングテーブルに座る臣くんのもとへ。
臣「何、これ」
と、やっと探し出したパッションフルーツさんを見る臣くん。
何、って、やだぁ臣くん。
幸「パッションフルーツだよ♪」
臣「……あったの?」
幸「何軒かまわってやっと出会えたよっ」
臣「……」
じーっとパッションフルーツを眺める臣。
そんなにじっと眺められるパッションさんが羨ましい。今だけパッション幸代になりたいくらいだ。
幸「でも、何でいきなりパッションフルーツなんか食べたくなったの?まさかの初パッションリクエストにちょっと焦っちゃったよ!」
ふぅ~と大げさにかいてもない汗を拭う仕草をとってみる。
臣「いや―…所長がパッションフルーツの話をしてきたから、どんなもんかと思っただけ」
本当に買ってきたんだ、ふーん……
という感じで、何だかリアクション薄めだが、早速パッションフルーツを一口食べた臣。
幸「どう?」
頑張って手に入れたパッションフルーツさんのお味はいかに??
臣「……なんか」
幸「うん!」(早ク感想聞キタイ)
臣「俺は一口でいい。どんなもんかわかったから、お前にやる」
そう言うと、パッションフルーツのお皿をスッと幸代のほうに置いてしまった。どうやらパッションさんは臣くんのお口には、ちょっとばかし合わなかったようだ。
どれどれ、どんな味かしら。
臣くんが食べかけたパッションフルーツを、ぱくり、と一口食べてみる。
うん。
なかなかイイ具合に熟されていて美味しいじゃない。残りは責任もって、私が食べてあげよう。
そんな事を思いながら、臣くんを見ると、牛スジ肉の赤ワイン煮込みを食べていた。
そうそう、メインはそれそれ!
幸「どう?どう?美味しい?」
臣「うん」
答えると黙々と牛スジ肉の赤ワイン煮込みを食べてくれる。
これは、臣くんのお気に入り料理の中の一品。圧力鍋という素敵なアイテムを購入したおかげで、スピーディーに美味しく作れます。カンシャ、カンゲキ、アツリョク・ナベ。
パクパクと牛スジ~(以下略)を食べてくれる臣をじ~っと見ていると、ピタリ、と臣の手が止まって、「食べないの?」と、声をかけてくれる。
幸「臣くんが私が作ったご飯食べてくれるの見てたら、何だか、お腹いっぱいになりそう」
臣「じゃあ、腹いっぱいになる前にさっさと食え」
幸「あと一分だけ見てる」
臣「―…キモイから、さっさと食え」
さっさと食え、発言に“ちぇ~っ”と心でいじけちゃう。
でも、理沙子にあまりしつこくするなって言われたから、今日はこの辺にしておこうってことで、私も夕食を“いただきま~す”。
パクパクとご飯を食べていると、臣はさっさと食べ終えてしまい、席を立つ。
「どこ行くのっ?!」
慌ててそう尋ねると、
「―…風呂だよ」若干ご立腹な口調で臣。
ナンテコッタイ!!(まぁ、食事後はお風呂に入るのはわかってるんだけど)と、幸代は慌てて夕食をかきこんで、臣の後を急いで追いかける。後を追って、脱衣所まで来た時には、臣はすでにお風呂場の中。コンコン、と、お風呂場の扉をノックしてみる。
けど、応答が無かったので、「臣く~ん……」哀愁漂う声で名前を呼んでみた。
すると、少し間が空いて、
「……何だよ」
臣の声が返ってきた。
幸「私も一緒に入りたいです……」
お風呂場の扉の前に正座して、臣に懇願してみる幸代。が、
臣「浴槽狭くなるからヤダ」
と、予想通りの答えが返ってくる。
幸「たまには一緒に浴槽につかりたいよぅ……」
臣「……」
幸「牛すじ肉の赤ワイン煮込み美味しかったでしょ?」
臣「……」
幸「私、今日パッションさんを探すの頑張ったよ」
臣「……」
幸「おみく~ん……」
家の外に閉め出された子犬が鳴くかのような声で言うと、
「ったく……」
という呆れ声の後に、
臣「さっさと入って来い」
という、お許しの声が!
やったぁ~、と、小躍りしながら喜ぶ。
でも喜びの舞はこのくらいにして、臣くんがのぼせない内にお風呂に入ることにしよう。
一緒に生活を始めてから、ほぼ毎日といったペースで一緒のお風呂タイムを訴えているのに、今のところ、100回に99回の割合で私の訴えは棄却され続けてきた。
でも今夜は100回に1回の奇跡がオキタ!
久々のお風呂タイム。お肌にジョリ子はいないかしら、とか、こんな奇跡が起きるなら夕方一回、シャワー浴びてれば良かったぁ、とか色々思っちゃう。
すると、
「おい、急げよ」
と、またまたご立腹気味な臣の声。
「はい!はい!ただ今参ります!」
慌ててお風呂場へとおじゃまさせていただく幸代。
臣「三分したら上がるぞ」
幸「えっ!?三分??」
臣「三分」
三分宣言されたので急いで身体を洗い、浴槽へ飛び込む。
臣「顔洗わないの?」
幸「臣くんが上がったら洗う」
臣「髪洗わないの?」
幸「臣くんが上がったら洗う」
臣「……狭いから、もうちょい離れろ」
幸「ハイ」
言われた通りに、もうちょいだけ離れる幸代。
はぁ~臣くんと一緒に浴槽につかれるなんて、久々だなぁ~臣くんと一緒だったら、熱湯風呂でも氷風呂でもいけるわぁ~なんて思いながら、にこにこと湯船につかる。
幸「臣くん、臣くん」
臣「何だよ」
幸「しりとりした~い」
臣「いやだ」
幸「だめ」
臣「めんどくさい」
幸「いいでしょ~」
臣「しょーもないこと毎回、考えるよな、お前も」
幸「もっと、臣くんと話したいのさ」
臣「さんぷん経ったから、先に上がるぞ」
臣は浴槽から上がってシャワーを軽く浴びると、さっさと行ってしまった。
幸「ぞっこん、ラブ。臣くん」
あ、“ん”がついた。
そう呟いて、臣くんの麗しい背中に手を振る。
(二人の会話がなんだかんだでしりとりになっている)
臣が先に上がってしまったので、顔と髪を洗ってシャワーをザーッと浴びてお風呂から上がる。リビングに行くと、臣がソファーに座って、TVを見ていた。
乾かしたての髪の毛にグレーのパジャマ……
お風呂上りの姿も、何て素敵なのかしら。
あの髪の毛の無造作な感じがトテモたまらない。
そんな事を思って、うっとりとしていると、臣がスッとソファーを立つ。
幸「臣くん!」
臣「何だよ」
幸「今度は何処へ?」
臣「……歯、磨いて、寝るんだよ」
幸「えっ!?もう?私も寝るから、待って!」
そんな言葉にも臣はさっさと洗面所へ行ってしまう。
これは、私もさっさと髪の毛を乾かしてしまわねばならない。寝室に置いてあるドレッサーに腰掛けて、ブオオオオッッー…!!!!と、風力最大で“ハヤクカワケー”と髪にドライヤーをあてる。
ちょうど、髪を乾かし終えたところで、臣くんが寝室に入ってくる。私は臣くんと入れ替わるように、洗面所へ行き、これまた高速歯磨きをして、寝室へ……
寝室へ向かおうとしたのだけど、夕食の片づけが、まだだったことに気がついて、食後のお皿さん達をマッハで食洗機へ突っ込む。
ごめんね、お皿さん達、今日は手洗いでなくて。食洗機さん、今日は君の活躍に任せたヨ。
そんな思いで食洗機のスイッチをオンにして、幸代は寝室へと向かう。
寝室へ行くと、既に臣はダブルベッドに横になってた。もぞもぞと、隣に侵入させていただく幸代。
幸「臣くん、臣くん」
背中に声をかけてみるけど、
臣「……」
応答ナシ。
幸「臣くん、臣くん」
試しにもう一回読んでみる。
臣「……」
やっぱり応答ナシ。
幸「もう寝た?」
臣「……寝た」
幸「そっかー…、って起きてるじゃん」
思わずノリ突っ込み。
幸「臣くん、臣くん」
臣「―…なんだよ」
おっと、また声にトゲが出てきた。
幸「今日も臣くんはカッコいいね」
臣「……今日もお前はウザイね」
臣くんが私についての感想をのべてくれた。嬉しい。うふふ。と幸せをかみしめる幸代。
「臣くん、おみ……」そうまた幸代が呼ぼうとすると、臣は大きな溜め息をついて、「腕枕してやるから、もう黙って寝ろ」と、腕を幸代の頭のところに。
やった。今日は入浴権に続き、腕枕の権利までゲット出来た。臣くんの腕の中で一日をおえるなんて、とても最高な締めくくり。
伸びてきた臣の腕に遠慮なく頭を乗せさせていただく。
臣「じゃー、もう今日は話しかけるなよ」
幸「了解デス。おやすみなさい」
臣「―…おやすみ」
臣くんも仕事で疲れているだろうし、今日はこの辺で絡むのはやめておこう。
よく考えれば私も午前中からパッション捜索の旅に出ていたから、なんだか疲れたな。ふわぁ~、と、一つあくびをする。
今日も一日がおわる。
私と臣くんの相変わらずなやりとり。
理沙子は臣くんのことを冷たい男だなんて言うけど、なんだかんだで、しりとりもしてくれるし、こうやって腕枕もしてくれるし、言うほど全然冷たくないでしょ?
まぁ、理沙子も半分は結婚までこぎつけて舞い上がる私に釘をさすつもりで言ってるらしいけど……
と、そんな感じで、私と臣くん、ある日の一日。平日Verはこんな感じ。
臣くんが腕枕をしてくれた夜はぐっすり良く眠れます。今夜も臣くんの腕の中でシアワセな夢を見るのです。
大好きな大好きな旦那サマの腕の中で、眠りながらもシアワセ充電ちゅう……な幸代でした。
(幸代のナレと、静かな夜。仲良く就寝する二人)
幸代「臣くん、臣くん~」
臣「……」
幸代「朝だよ~起きて~」
臣「……」
幸代「お~き~て~」
臣「……」
(幸代ナレーション)そう声をかけるも、旦那サマはなかなか直ぐには起きてはくれません。仕方ないので、こんな時は私が、
幸代「―…抱きついて、チューするよ」
こう言えば、ムクッと布団の中から出てきてくれます。
幸代「おはよう、臣くん」
臣「おはよ……」
幸代「今日はね、一日晴れだって」
臣「……あ、そ」
あら。何だか今日は何時もより私のモーニングトークに返事をしてくれる臣くん。けど、
幸代「臣くん、今日も朝から愛シテル」
臣「……」
はい。そこには応答ナシ。
でも大丈夫。これは通常通りの私への対応ですから。さて、気を取り直して、
幸代「朝ごはんはね~今日は和食でね、ちゃんとお味噌汁はイリコさんからとったんだよ~あ、イリコさんっていうとイリ子さんみたいで名前みたいだね~」
臣「……」
と、まぁ、そんな会話をしながら食卓へ行って、
幸代「いただきま~す」
臣「いただきます……」
と、二人仲良く朝食をとるのです。
朝食をとった後は、旦那サマは出勤の準備にとりかかります。
顔を洗って、歯を磨いて―…スーツに着替えてから髪の毛のセット。
そして、胸にはキラリと光るひまわり型のバッジ。
準備が整うと、旦那サマはお仕事に向かうのです。
幸代「はい、カバン」
臣「……」
幸代「ネクタイ曲がってる」
臣「……」
幸代「今日も頑張ってネ」
臣「……」
幸代「じゃあ、行ってきますのチュ……」
と、私が愛らしい唇をチューの形にすると、ガチャン……!という音が響く。
どうやら―…玄関のドアを閉められたようです。
でもね、この位、私にとって全然問題ありません。
さて次は、テラスへと猛ダッシュ!
マンションを出て行く旦那サマの姿が見えます。そして、出勤していく後ろ姿を見えなくなるまで見送り、
幸代「はぁ~…あのスーツ姿に癒されるわ~」
と、しばらくテラスで浸るのが私の日課なのです。
(寝起きから終始、無表情の臣。に対して、愛情ダダもれの幸代)
(臣への余韻に浸りながら自己紹介)
まずは、そんな私の自己紹介から。櫻井幸代(サクライサチヨ)旧姓 佐藤幸代 26歳 O型
普通の幸せな家庭に育ち、平均値レベルの高校と大学を卒業し、普通のOLさんをした後、超念願だった寿退社。
容姿は普通。上でもなく下でもなく、いたってフツー。
普通っていうのが、どういう基準で普通かっていうのは人それぞれだとは思うけど、とりあえずパッと見、普通女子の私。そんな私が晴れて入籍した相手は―…
誰もが羨む極上の男性。
名前は櫻井臣(サクライオミ)年齢は私と同じ26歳。AB型。
身長180㎝のモデル体系。
天然のダークブラウンの髪に、茶色を帯びた綺麗な瞳。
中世ヨーロッパの貴公子を髣髴させる整った顔立ちは、そこら辺のモデルや二枚目俳優よりも格好イイ。
実家は資産家。
有名進学高校を卒業後、難関大学の法学部を一発合格。
そんでもって、司法試験にも一発合格して、現在は法律事務所勤務の弁護士さん。
容姿端麗。
頭脳明晰。
経済力、生活力、申し分ナシ。
人によっては若干の好みがあるにせよ、一般的に言えば、誰もが羨む極上の旦那サマでしょう。
(幸代の説明通りの臣の様子が浮かぶ)
ただ―…
周りが指摘する欠点をほんのちょっとだけ挙げるとするなら、他人にあまり興味を示さず、冷酷な部分があり、近寄りがたく、気難しい性格に見える、という感じでしょうか。
でもっ!でもね、“興味を示さない”とか“クール”とか、それって言い方を変えればクールってことだし、容姿も頭脳も優れていて、これで性格も良かったら不公平すぎるということで、きっと神様が私の旦那サマをこんな性格にしてしまったんだと思うの。まぁ、そんなところも含めて旦那サマこと臣くんのことが大好きだからいいんだけどね。妻である私から見ては、ぜんっぜん問題ナシっ!
〇テラスで浸っていた筈の幸代だが、目の前には冷たい視線を向ける友人、理沙子の姿が。
理沙子「―…よくないでしょ」
幸代「え?」
理沙子「え?じゃなくて、あんた本当にそれでいいわけ?」
臣くんの事を思い浮かべ幸せに浸る私に向けられる冷たい声。
目の前で私の一番の親友、理沙子が呆れた表情で私を見ながらアールグレイティーを飲んでいる。臣くんを見送って、約三時間後に理沙子はやって来た。
理沙子「他人にあまり興味がないって言うけどさ、妻のアンタにも基本的に無関心だし、ほんの少し冷酷でって、私が知ってる限りじゃ、あんなに冷たい男いないよ」
(理沙子のキツイ言葉)
幸代「そんな大げさな~、そりゃあ、他人に冷たくて私にも冷たいけど、どっちかっていうと、他人より私に冷たいから、それ位私の事が特別ってことで~」
あはは、と笑いながら言う私を、理沙子は今度は哀れみの目で見始めた。
(能天気に笑う幸代を哀れむ理沙子)
一番の心の友、武井理沙子(旧姓、篠原)とは中学からの付き合いで、高校も大学も同じ学校に通ってきた仲だ。ちなみに、理沙子も既婚者で、結婚歴は半年。
私と臣くんは結婚してまだ2ヶ月だから、奥様歴は理沙子のほうが少し上。お互いにまだ子どもが出来ていないので、理沙子の仕事が休みの日には、こうして我が家のマンション(臣クントノ愛ノ巣)でお茶を飲んだりしている。
そんな感じで新妻同士のティータイムを楽しんでいると、
理沙子「来るたびに思うけど、凄いね」
理沙子が手土産に持ってきたクッキーをつまみながら、リビングを見渡して言う。
幸代「えー、何が?」
そんなに凄いものでも置いてあったっけ?と、私も周囲をぐるりと見渡す幸代。
理沙子「壁」
ソファーの後ろの壁を理沙子が指差す。
幸代「?かべ??」
いたって、フツーの壁ですが?と首をかしげる幸代。
理沙子「いくら新婚でも、そんなに飾ってる家って今時珍しいと思うんだけど」
理沙子が指摘するその場所には、大事に大事にフレームに収められた臣を中心とした写真の数々。
なんだ~写真か~
そう思って、のんきに思う幸代
幸代「さすが理沙子ぉ~このスーツ姿の臣くん素敵でしょ~?!これはね、結納の時の貴重な一枚なの~」
と、解説を始める。
(自信たっぷりの幸代ナレ)ソファー後ろの壁は、私と臣くんの今までの愛の軌跡展示場といっても過言ではない。知り合ってから今までの写真が何枚、いや、何十枚??も大事に飾ってあるのだ。
その中で、一番大きく引き伸ばして飾ってある写真が、結納時のスーツ姿で煙草を咥えている一枚。
うふふふふ、と、あまりにもの臣くんの素敵なスーツ姿に思わず口が緩んでしまう幸代。理沙子はドン引きした顔をして見ている。
理沙子「じゃあ……この写真は何?」
壁際に寄って、次の一枚を指差して訊ねる理沙子。
幸代「あっ、それは、貴重なお風呂上りの髪を乾かす前の写真」
理沙子「こっちは?」
幸代「大学の卒業式」
理沙子「……うちらと臣くん、大学違うよね?」
幸代「うん。K大卒業式典会場に潜入して隠し撮った」
理沙子の質問にニコニコと回答していく幸代。
理沙子「潜入……?」
幸代「うん。センニュー」
理沙子「まァ、深くはつっこまないけどさ……それにしても写真、飾りすぎじゃない?」
どうなのよコレ、という理沙子の言葉。
幸代「ぜんっぜん。本当はね、数ある写真の中から吟味したお気に入りショットが、まだまだ飾ってあったんだけど、臣くんにどっかにしまわれちゃって……」
だいぶ、数が減っちゃったのよ、と説明する。
理沙子「なんで、こんなに飾っちゃうの??」
幸代「私と臣くんの二人の愛の軌跡だから」
理沙子「二人の……って、基本、臣くんしか写ってないよ?しかも、お気に入りとかいう結納の写真なんかさぁ、この着物着た人ってあんたでしょ?すっごい見切れて……」
と、そこまで理沙子が言うと、
幸代「そうなのっ!!」
思わず叫び声を上げてしまう幸代。
幸代「その写真はね、私と一緒になかなか写真を撮ってくれない中での貴重な貴重なツーショット写真なのよっ!!結納の時は、家族写真は嫌々写ってくれたんだけど、ツーショットになると何故か断固拒否されてね~でも!奇跡的にお母さんがシャッターをきってくれてて―…」
この奇跡の一枚が撮れたの!!そんな幸代の素敵な力説に、理沙子の顔は完全にひきつってしまってる。
理「―…ねぇ、幸代」
幸「うん?」
理「アンタ、幸せ?」
幸「うん、もちろん」
理「本当に幸せ?」
幸「不幸そうに見える??」
世界で、いや、宇宙で一番大好きな臣くんと結婚できた私が幸せで無いわけないでしょう。私のこの幸せに満ちた顔が理沙子には見えないのかしら?
理「だって、結納でツーショット写真撮ってくれない男とか、初めて聞いたよ」
幸「だって、臣くん、写真好きじゃないほうだし」
理「しかも、アンタら結婚式もしてないでしょ?」
幸「だって、臣くん目立つの好きじゃないほうだし」
理「せめて、結婚写真くらい撮りにいけば?」
幸「だから、臣くんは写真が好きではなくてぇ―…」
そこまでどうどう巡りの会話を続けると、
理「いくら顔が良くて経済力あっても、私はムリ」
理沙子がきっぱり言う。
理「あのね、臣くんはモデルや俳優並にカッコいいし、頭も良くて、収入も安定してる。確かに、そんな相手と結婚できた幸代を羨ましがる女はたっくさんいると思う」
でもね、と、理沙子が続ける。
理「アンタのその変態気味な性格を考慮したとしても、結婚までして、しかもまだ新婚なのに、冷たくあしらわれながら一つ屋根の下で生活するのは私にはムリだわ」
友人としてなら、臣くんタイプの男でも普通に付き合いは出来るけど、結婚相手としては私は無理。と、理沙子は愛の軌跡展示コーナーを離れてダイニングテーブルの椅子に座る。
変態気味……
って、親友にそりゃないよ。
(落ち込むかと思いきや…)
まぁ、大好きな理沙子だから許すけどネ。
けど、こんな私に対して幸せかどうか聞いちゃうなんてさぁ、理沙子ったら心配屋さんネ。(普通はショックを受けたりしそうなところを全然効いてない幸代)
幸「そう?私、すっごい幸せだけど。臣くん、LOVE」
理「うん。ずーっと、アンタたちを見てきたから、アンタが臣くんをバカみたいに好きなのは知ってるし、幸せって答えるのもわかってる」
幸「じゃあ、何で聞くの?」
幸代は眉間に皺を寄せる。
理沙子はアールグレイティーをくいっと飲み干して、
理「ふとした瞬間に不安になったりしないのかな、って思って」
そう、幸代を見て言った。
幸「……」
理「何よ。図星?」
無言で俯く幸代に理沙子が突っ込む。
幸「―…安心する」
理「はぁ?」
幸「そんな考えの人もいるんだって、安心する!」
理「はぁぁ??」
幸「だって、臣くん、すっごくモテるでしょっ?!付き合ってる時だって、私という彼女がいても周りの女が臣くんをほっとかないオーラ放出しまくりだったし、結婚してもそんな状況変わんないし!だから、臣くんみたいな人をムリっていう意見を聞いて、私は今ちょっと安心したわっ」
ありがと~!!
と、最大の感謝を込めて理沙子にハグしようとしたけど、避けられてしまう。
まぁ、それはいいとして。勿論、地球上の女という生き物みんなが臣くんに惚れてしまうわけはないけど、知り合った時からあまりにもモテる場面ばかりを見てきたので、そういう貴重なご意見を聞くと、私はすご~く安心するのだ。
(さすがに落ち込むかと思いきや、やはり効いてない幸代)
そりゃあ、理沙子が言うように、出来るものなら結婚写真も撮って、親族や友人、職場の人に祝福されながら、盛大―…とまではいかなくてもいいけど、素敵な結婚式を挙げたい、っていう思いはある。式を挙げるなら、絶対に神前式で、臣くんには絶対絶対、紋付袴を着せたい。披露宴ではタキシードで―…
おっと、やばい。
タキシード姿の臣くんを想像したらヨダレが出そうだ。
(幸代の妄想族の走りが始まる)
そんな感じで別の世界にいってしまっていると、
理「モドッテコイ」
と、理沙子のドスのきいた声で、我に返る。
理「アンタ、どうせ、臣くんのタキシード姿なんか想像してデレてたんでしょ」
幸「あはは~わかる?さすが、理沙子、エスパーだね!」
理「……」
幸「ゴメン」
あまりにも理沙子が凄い形相になったので、とりあえず謝罪した。
いや、わるいことなんて私、してないけどね。一応、謝罪しとく。
(しかし、にくめない幸代)
話は反れたけど、とりあえず、結婚式を挙げたい願望や写真を撮りたい願望がないわけではナイ。ないわけではない、というか、むしろ、ある。
もぉ、臣くんと戸籍上夫婦になれた上に結婚式まで挙げてもらえるなんて考えたら、感動で涙がちょちょぎれそうだ。
だけど―…
幸「臣くんが乗り気じゃないから、無理にとまではいいの。臣くんとの披露宴とか妄想しただけで、三日はご飯食べなくてもイケそうだし」
そんな幸代的マジメな答えに、
理「はいはいそーですか。あんたがいいなら、もーいいません」
理沙子からは、しらけた口調が返ってきた。
何だかワケわかんないけど、理沙子に勝った気がした。
理沙子の指摘に私の臣くんへの愛が勝利した気分だ。そんな気分に浸っていると、
理「あー、もうこんな時間だ。じゃあ、もう帰るわね」
理沙子が立ち上がった。
幸「えー、もう帰るの?もっとゆっくりしていけばいいのに」
理「いや、スーパーとか色々寄って帰らなきゃいけないし、夕飯の準備もあるから、そろそろおいとまするわ」
理沙子の言葉に、おお、主婦的発言ダナ~、と無意味に感動してみる。
理「さっきの話だけど、私も今さら本気でアンタに臣くんのことを釘さしに来たわけじゃないから」
幸「そうなの?」
理「アンタと何年親友やってんと思ってんの?今さら、アンタの一方通行的な臣くんへの愛情に文句つけたって、何か変わるわけでもないでしょ?」
理沙子の言葉にそれはごもっともだ、と納得する。理沙子は私のしつこいくらいの臣くんへの愛情をイヤと言うほど目の当たりにしてる人物だ。
結婚してしまった今、本気であーだこーだ言うってのは、理沙子の性格上からみてもありえない。
むしろ、そんな一方通行的な愛で戸籍上の妻という続柄までゲットしてしまった私の根性に尊敬の意まであらわしてくれたほどだったしね。
(二人の良き友人関係)
理「じゃあ、臣くんにもよろしく言っておいて」
幸「はいはーい」
理「あんまり臣くんにしつこくしなさんなよ」
幸「はいはーい」
理「……じゃあね」
幸「バイバーイ」
そんな感じで、女子で一番大好きな理沙子を見送った。
理沙子が帰ってしまった後、私は夕飯の準備にとりかかる。
今日の夕食は、臣くんが出社してすぐにわざわざメールでリクエストしてくれたメニュー。
今朝、掃除をしながら理沙子が来るのを待っていると、携帯から“銀恋”が、流れてきた。
その着信音を聞いた私は持っていた掃除機を投げ出して、携帯に飛びつく。
ルンルンな気分でメールを開くと、
牛すじ肉の赤ワイン煮込み
パッションフルーツ
とだけ打たれてあった。
たまに臣くんは、こんな感じで夕飯のリクエストメールを簡潔に送信してきてくれる。理沙子が来る時間まで、まだ余裕はある。
パッションフルーツを検索して、おいしい見分け方なんかが載ったページをプリントアウトし、それからダッシュで買い物へと出かけたのだった。
牛スジ肉の赤ワイン煮込みの材料は苦労せずにゲット出来たんだけど問題はパッションフルーツ。スーパーや青果店を何件もまわってもなかなか発見出来ないから、探し回りながら、ここが奄美大島だったら……と、何度願ったことか。
そうそう。臣くんにメールをもらってパッションフルーツを検索するまで、パッションフルーツの“パッション”は“情熱”の“パッション”かと思っていたんだけど、どうやらそれは違うらしいの。
“キリストの受難”という意味で花の形がキリストが十字架にかけられている姿ににているから、そんな名前がついたんだって。
私はまた一つ博学になった気がした。
ありがとう臣クン……
そんなこんなで、そろそろ帰らないと理沙子が来てしまう、という時間になった頃、やる気のないオジーチャンが営む青果店で、幸代はみごとパッションフルーツをゲットしていた。
幸代キッチンなう。圧力鍋で牛スジ肉の赤ワイン煮込みを作り、リクエストにはなかったけど、お野菜たっぷりサラダも作りましょう。
“銀恋”をフーンフフーン~♪と鼻歌にしながら、愛情を込めて夕食を作る幸代。
そして、臣が帰宅したのはPM20:01。
“ガチャッ―…”
と、鍵穴にキィーをさす音が聞こえると、幸代はダッシュで玄関へと飛び出し、お出迎えの体制をとる。
ガチャリ、と、ドアが開くと、
幸「おかえりなさ~い!!」
満面の笑みで仕事帰りの臣くんをお出迎えする。ついでに、
幸「今日も一日、ご苦労サマ、愛してるスキスキ」
そんな愛の告白も忘れずに。
一緒に暮らし始めて、初めて仕事から帰る臣くんを出迎えた日は、クラッカーを鳴らして出迎えたんだけど、なかなか音がうるさくて、近所迷惑になるので一日で却下。
次の日は折り紙を細かく正方形型に切って、紙ふぶきを作って出迎えてみたんだけど、これまた片づけが面倒で、仕事帰りの臣くんを眺める貴重な時間が減ってしまうことに気がついたので、結局それも却下却下。
色々と考えた結果、最終的には満面の幸代スマイルでお出迎えをするということに落ち着いたのだ。
肝心の臣だが―…ご帰宅してから、まだ一言も発していません。
でもダイジョウブ。そろそろ、何か一言来る筈。
さぁ、今夜の第一声は??
ワクワクしながら、何時ものように臣くんが脱いだジャケット、ネクタイ、カバンを受け取る。すると、
臣「腹減った」
という臣くんのお声が!今夜の第一声は“腹減った”イタダキマシタ。
帰宅後、やっと聞けた第一声に感激しながら、ジャケットとか、臣くんから受け取ったものを丁寧にしまう。
脱ぎ立てのジャケット……臣くんの匂いがして、たまらない。香水とかつけていない筈なのに何でこんなにイイ匂いがするのか不思議でならない。
やっぱり顔がいいと、身体から放たれる匂いも素敵なんだろうか……と考えてみる。
でもここで考えてる暇はない。脱ぎたてのジャケットさんと離れがたいけど、お腹を空かせている臣くんに、早く夕食を出してあげなきゃいけない。
急いでキッチンに向かい、牛スジ肉の赤ワイン煮込みを暖め直す。冷蔵庫からサラダとパッションフルーツを取り出して、ダイニングテーブルに座る臣くんのもとへ。
臣「何、これ」
と、やっと探し出したパッションフルーツさんを見る臣くん。
何、って、やだぁ臣くん。
幸「パッションフルーツだよ♪」
臣「……あったの?」
幸「何軒かまわってやっと出会えたよっ」
臣「……」
じーっとパッションフルーツを眺める臣。
そんなにじっと眺められるパッションさんが羨ましい。今だけパッション幸代になりたいくらいだ。
幸「でも、何でいきなりパッションフルーツなんか食べたくなったの?まさかの初パッションリクエストにちょっと焦っちゃったよ!」
ふぅ~と大げさにかいてもない汗を拭う仕草をとってみる。
臣「いや―…所長がパッションフルーツの話をしてきたから、どんなもんかと思っただけ」
本当に買ってきたんだ、ふーん……
という感じで、何だかリアクション薄めだが、早速パッションフルーツを一口食べた臣。
幸「どう?」
頑張って手に入れたパッションフルーツさんのお味はいかに??
臣「……なんか」
幸「うん!」(早ク感想聞キタイ)
臣「俺は一口でいい。どんなもんかわかったから、お前にやる」
そう言うと、パッションフルーツのお皿をスッと幸代のほうに置いてしまった。どうやらパッションさんは臣くんのお口には、ちょっとばかし合わなかったようだ。
どれどれ、どんな味かしら。
臣くんが食べかけたパッションフルーツを、ぱくり、と一口食べてみる。
うん。
なかなかイイ具合に熟されていて美味しいじゃない。残りは責任もって、私が食べてあげよう。
そんな事を思いながら、臣くんを見ると、牛スジ肉の赤ワイン煮込みを食べていた。
そうそう、メインはそれそれ!
幸「どう?どう?美味しい?」
臣「うん」
答えると黙々と牛スジ肉の赤ワイン煮込みを食べてくれる。
これは、臣くんのお気に入り料理の中の一品。圧力鍋という素敵なアイテムを購入したおかげで、スピーディーに美味しく作れます。カンシャ、カンゲキ、アツリョク・ナベ。
パクパクと牛スジ~(以下略)を食べてくれる臣をじ~っと見ていると、ピタリ、と臣の手が止まって、「食べないの?」と、声をかけてくれる。
幸「臣くんが私が作ったご飯食べてくれるの見てたら、何だか、お腹いっぱいになりそう」
臣「じゃあ、腹いっぱいになる前にさっさと食え」
幸「あと一分だけ見てる」
臣「―…キモイから、さっさと食え」
さっさと食え、発言に“ちぇ~っ”と心でいじけちゃう。
でも、理沙子にあまりしつこくするなって言われたから、今日はこの辺にしておこうってことで、私も夕食を“いただきま~す”。
パクパクとご飯を食べていると、臣はさっさと食べ終えてしまい、席を立つ。
「どこ行くのっ?!」
慌ててそう尋ねると、
「―…風呂だよ」若干ご立腹な口調で臣。
ナンテコッタイ!!(まぁ、食事後はお風呂に入るのはわかってるんだけど)と、幸代は慌てて夕食をかきこんで、臣の後を急いで追いかける。後を追って、脱衣所まで来た時には、臣はすでにお風呂場の中。コンコン、と、お風呂場の扉をノックしてみる。
けど、応答が無かったので、「臣く~ん……」哀愁漂う声で名前を呼んでみた。
すると、少し間が空いて、
「……何だよ」
臣の声が返ってきた。
幸「私も一緒に入りたいです……」
お風呂場の扉の前に正座して、臣に懇願してみる幸代。が、
臣「浴槽狭くなるからヤダ」
と、予想通りの答えが返ってくる。
幸「たまには一緒に浴槽につかりたいよぅ……」
臣「……」
幸「牛すじ肉の赤ワイン煮込み美味しかったでしょ?」
臣「……」
幸「私、今日パッションさんを探すの頑張ったよ」
臣「……」
幸「おみく~ん……」
家の外に閉め出された子犬が鳴くかのような声で言うと、
「ったく……」
という呆れ声の後に、
臣「さっさと入って来い」
という、お許しの声が!
やったぁ~、と、小躍りしながら喜ぶ。
でも喜びの舞はこのくらいにして、臣くんがのぼせない内にお風呂に入ることにしよう。
一緒に生活を始めてから、ほぼ毎日といったペースで一緒のお風呂タイムを訴えているのに、今のところ、100回に99回の割合で私の訴えは棄却され続けてきた。
でも今夜は100回に1回の奇跡がオキタ!
久々のお風呂タイム。お肌にジョリ子はいないかしら、とか、こんな奇跡が起きるなら夕方一回、シャワー浴びてれば良かったぁ、とか色々思っちゃう。
すると、
「おい、急げよ」
と、またまたご立腹気味な臣の声。
「はい!はい!ただ今参ります!」
慌ててお風呂場へとおじゃまさせていただく幸代。
臣「三分したら上がるぞ」
幸「えっ!?三分??」
臣「三分」
三分宣言されたので急いで身体を洗い、浴槽へ飛び込む。
臣「顔洗わないの?」
幸「臣くんが上がったら洗う」
臣「髪洗わないの?」
幸「臣くんが上がったら洗う」
臣「……狭いから、もうちょい離れろ」
幸「ハイ」
言われた通りに、もうちょいだけ離れる幸代。
はぁ~臣くんと一緒に浴槽につかれるなんて、久々だなぁ~臣くんと一緒だったら、熱湯風呂でも氷風呂でもいけるわぁ~なんて思いながら、にこにこと湯船につかる。
幸「臣くん、臣くん」
臣「何だよ」
幸「しりとりした~い」
臣「いやだ」
幸「だめ」
臣「めんどくさい」
幸「いいでしょ~」
臣「しょーもないこと毎回、考えるよな、お前も」
幸「もっと、臣くんと話したいのさ」
臣「さんぷん経ったから、先に上がるぞ」
臣は浴槽から上がってシャワーを軽く浴びると、さっさと行ってしまった。
幸「ぞっこん、ラブ。臣くん」
あ、“ん”がついた。
そう呟いて、臣くんの麗しい背中に手を振る。
(二人の会話がなんだかんだでしりとりになっている)
臣が先に上がってしまったので、顔と髪を洗ってシャワーをザーッと浴びてお風呂から上がる。リビングに行くと、臣がソファーに座って、TVを見ていた。
乾かしたての髪の毛にグレーのパジャマ……
お風呂上りの姿も、何て素敵なのかしら。
あの髪の毛の無造作な感じがトテモたまらない。
そんな事を思って、うっとりとしていると、臣がスッとソファーを立つ。
幸「臣くん!」
臣「何だよ」
幸「今度は何処へ?」
臣「……歯、磨いて、寝るんだよ」
幸「えっ!?もう?私も寝るから、待って!」
そんな言葉にも臣はさっさと洗面所へ行ってしまう。
これは、私もさっさと髪の毛を乾かしてしまわねばならない。寝室に置いてあるドレッサーに腰掛けて、ブオオオオッッー…!!!!と、風力最大で“ハヤクカワケー”と髪にドライヤーをあてる。
ちょうど、髪を乾かし終えたところで、臣くんが寝室に入ってくる。私は臣くんと入れ替わるように、洗面所へ行き、これまた高速歯磨きをして、寝室へ……
寝室へ向かおうとしたのだけど、夕食の片づけが、まだだったことに気がついて、食後のお皿さん達をマッハで食洗機へ突っ込む。
ごめんね、お皿さん達、今日は手洗いでなくて。食洗機さん、今日は君の活躍に任せたヨ。
そんな思いで食洗機のスイッチをオンにして、幸代は寝室へと向かう。
寝室へ行くと、既に臣はダブルベッドに横になってた。もぞもぞと、隣に侵入させていただく幸代。
幸「臣くん、臣くん」
背中に声をかけてみるけど、
臣「……」
応答ナシ。
幸「臣くん、臣くん」
試しにもう一回読んでみる。
臣「……」
やっぱり応答ナシ。
幸「もう寝た?」
臣「……寝た」
幸「そっかー…、って起きてるじゃん」
思わずノリ突っ込み。
幸「臣くん、臣くん」
臣「―…なんだよ」
おっと、また声にトゲが出てきた。
幸「今日も臣くんはカッコいいね」
臣「……今日もお前はウザイね」
臣くんが私についての感想をのべてくれた。嬉しい。うふふ。と幸せをかみしめる幸代。
「臣くん、おみ……」そうまた幸代が呼ぼうとすると、臣は大きな溜め息をついて、「腕枕してやるから、もう黙って寝ろ」と、腕を幸代の頭のところに。
やった。今日は入浴権に続き、腕枕の権利までゲット出来た。臣くんの腕の中で一日をおえるなんて、とても最高な締めくくり。
伸びてきた臣の腕に遠慮なく頭を乗せさせていただく。
臣「じゃー、もう今日は話しかけるなよ」
幸「了解デス。おやすみなさい」
臣「―…おやすみ」
臣くんも仕事で疲れているだろうし、今日はこの辺で絡むのはやめておこう。
よく考えれば私も午前中からパッション捜索の旅に出ていたから、なんだか疲れたな。ふわぁ~、と、一つあくびをする。
今日も一日がおわる。
私と臣くんの相変わらずなやりとり。
理沙子は臣くんのことを冷たい男だなんて言うけど、なんだかんだで、しりとりもしてくれるし、こうやって腕枕もしてくれるし、言うほど全然冷たくないでしょ?
まぁ、理沙子も半分は結婚までこぎつけて舞い上がる私に釘をさすつもりで言ってるらしいけど……
と、そんな感じで、私と臣くん、ある日の一日。平日Verはこんな感じ。
臣くんが腕枕をしてくれた夜はぐっすり良く眠れます。今夜も臣くんの腕の中でシアワセな夢を見るのです。
大好きな大好きな旦那サマの腕の中で、眠りながらもシアワセ充電ちゅう……な幸代でした。
(幸代のナレと、静かな夜。仲良く就寝する二人)