素肌に蜜とジョウネツ
4、ダラダラと続けるカレとの関係

翌朝、玄関を出ると紙袋が置かれていて、中には洗い済みのカレー皿が入っていた。

職場で顔を合わせたら、市販ルーカレーの感想を嫌味を交えて言われるのかと思ったけど、その日、高輪マネージャーとホテル内で会うことは無かった。

高輪マネージャーが外回りに出ていたからか、たまたま顔を会わせる機会がなかったのか、どちらかはわからないけど、同じ職場にいても部署が違う分、そこまで直接的な接点は無い。

度重なった偶然だけど、そこまで重ならなかっただけ、まだ良かったのかも……

そして、何時も通り、平穏に本業の勤務を終えると藤子は、いったん家に帰り、メイクを夜仕様にして副業の仕事へとタクシーで向かった。

店内でドレスに着替えてフロアに出ると、早速、指名が入っていた。

初老男性「ジュリちゃ~ん~、久しぶりだね~どうしても会いたくて面倒な会議をさっさと終わらせて来ちゃったよ~」

藤子の顔を見るなり、少々いかつい顔をデレっとさせて、手を振る初老男性―…

入店した当初からなぜか気に入ってくれていて、ずっと指名をしてくれている犬好会長。
大手会社の会長をしていて、レギュラーでもない私が持つ、数少ない羽振りのよいお客さま。
ちなみに奥さんとは最近離婚が成立したみたいで、
結婚時、お互いにとても可愛がっていた愛犬、ナターシャ(豆柴)をどちらが引き取るかということで揉めていて、弁護士介入になる一歩手前まできているらしい。

そして、私は雰囲気がその愛犬に何となく似ているそうだ……

犬「ジュリちゃんの顔見てると、本当に癒されるんだよね~」
藤「あ、ありがとうございます~…」
犬「やっと離婚も出来たことだし、あとはジュリちゃんが嫁に来てくれるだけだね~」
藤「またまたぁ~…」

と、そんな会話をしながら、値段の張るブランデーやら、シャンパンやらを飲んでいく。

どうやら私は若い世代の男性よりも会長世代の男性に好かれる性質であるということを、この副業を通して気付いた。
指名を入れてくれるお客さまの殆どは恋愛対象にするには難しい、年の離れたおじさま達……
まぁ、
今夜も若い男性客の指名なんてないだろうな、その年代のお客の席に着くときはどうせヘルプだ。

そんな事を思って、犬好会長の席でシャンパンを飲んでいると、

「失礼致します」

スッ、とボーイが横に来て、

「ジュリさん、指名です」

と、耳打ち。

藤「会長、ちょっと失礼しますね」

と、席を立ち、

さて、珍しく指名続きだけれども、お次はどこのテーブルのおじさまかしら……
そんな事を思いながら、指名された席に向かう。

そこの席に居たのは、
私を指名してくれるお客さまの中で、(凌一を除いて)一番若いと思われる、二十代半ばの男性。
私が言うのも失礼だけど、見た目はフツー。
ただ、ちょっと暗めの雰囲気で、

藤「わー、お久しぶりです~お元気でしたかぁ?」

と、尋ねても、

上「……はい」

藤「お仕事の帰りですか~?」

と、尋ねても、

上「……はい」

藤「今日はもう夕食すまされました~?」

と、尋ねても、

上「……はい」

と、基本、“……はい”しか、しゃべってくれないお客さま。
名前は上島さん。
“……はい”しか、しゃべってくれないものだから、あまり彼の事を知らない。
いったい彼は何が楽しくて、わざわざお金を払って、私を指名してくれているのだろうか……
なんて、たまに接客をしながら思ってしまう。
悲しいほどに出会いがなさすぎるから、
この際、副業の場で良い殿方を~…そうだなぁ、例えば利益を確実に出してるIT関連の若社長とか~、あ、大企業のジュニアとかでもいいなぁ~
なんて、考えた時期も正直あったけど、もうそんな期待は微塵もない。

そして、何時もと同じように上島さんにはひたすら一方的に話をふり、
犬好会長の席では本気か冗談かよくわからないラブコールを受け、
二人がチェックした後は、他の席にヘルプで入ったりと、
副業でも大きな変化もない時間を過ごす。

そして、午前0時。
お店は閉店の時間を迎える。

トトちゃんのところへ顔を出そうかとも思ったけど、

藤「つかれた……」

一歩、店の外に出ると、一気に襲ってくる疲労感。
明日は休みだけど、今夜はもう大人しく家に帰ろう。
そう思って、店から出て直ぐにタクシーを拾った。

それから十数分、タクシーに揺られて、

藤「ありがとうございました~」

と、運転手さんにお礼を言って、降りた場所はコンビニ。
何だか喉が渇いたので飲み物と、明日起きて食べる用にパンを買ってコンビニを出る。
ここからマンションまでは徒歩五分くらい。
大通りから裏の通りに入ると交通量は殆どなくて、副業のお店がある歓楽街の明るさから一転、周りにある明りといえば、街灯とちらほらついている家の明りくらい。

犬好会長の席で良いシャンパンを飲みすぎたせいか、 頭がぼーっとしてしまう。
どちらかというと、お酒は強いほうだけど、今日は少し酔ったかもしれない……
帰って、シャワー浴びて、さっさと寝よう。

そんな事を思いながら人気の無い道を歩いていると、

藤「……」

何だか、背後に人の気配―…

カツカツカツ、
と、夜の道に響く私のヒール音とは別に、
コツ、コツ、コツ―…
もう一つ足音を感じる。

パッと、
後ろを向いて、周りを確認してみるけど、

藤「―…」

誰もいない。
何か、ヤダな……
そう思って、少し速度をあげてマンションへと歩く。
だけど、ずっと感じる気配―…
やっぱり気味がわるい。
マンションはもう直ぐそこに見えている。
早く、中に……!
そう、
思った瞬間―…

藤「っ―…!!」

ポン、と、誰かが藤子の肩に手を乗せた。

藤「ャ……ッ」

大声ではなく、微かに私の口から漏れた声。
瞬時に感じた身の危険。

何っ?
痴漢?変質者―…!?
何で、こんな時ってちゃんと声が出てくれないの……っ!?
そう思って軽くパニックになっていると、

凌「藤ー子」

藤「……」

耳に入ってきた、聞きなれた男の声。
え……
まさか、この声って―…
おそるおそる振り向くと、

凌「良かった。グッドタイミングー」

ヒラヒラと手を振って、立っていたのは、

藤「りょ、凌一……っ」

痴漢でも変質者でもなくて、凌一だった。

凌「あれ?何、そんなに驚いた顔してんの?」
藤「何って……あのねぇ、こんな夜中にいきなり背後から肩掴まれたら、普通は驚くって……!」
凌「悪い悪い。ちょーど、この近くに住んでる友達んトコで宅飲みしてさぁ、ちょっと寄ってみた」
藤「友達って……どうせ女でしょ?」
凌「残念。男でしたー」
藤「ふ~ん。どーだか……」

そんな会話をしながら、イヤな気配の正体が凌一で良かったとホッとする藤子。
それに、ちょうど凌一に会いたいという気持ちもあった。
本業に副業。仕事での疲れがあっても、今日は何時もと変わり映えの無い一日で、明日はせっかくの休みなのに何もないのはやっぱり寂しい。
ここ数年の平坦な毎日の中での刺激と言えば、凌一との時間くらいだから……
それから、

藤「凌一、明日仕事は?」
凌「仕事?休みだよー藤子は?」
藤「休み」
凌「ラッキー。じゃあ、ゆっくり寝て帰れるなー。先に起きても起こすなよ」
藤「はいはい」

と、そんな会話をしながらマンションへと入っていく藤子と凌一。

凌一と会うときはもっぱら私の部屋が主。
凌一も当たり前のように私の部屋に上がる。

凌「お。ロミ男、まだ生きてんだ」
藤「当たり前でしょ。亀の寿命ナメないでよ」

部屋に上がった凌一はロミ男のいる水槽を覗き込む。
ここに来ると大体、初めに水槽を見る。
そして、ドカッと私のベッドに遠慮なんてなく腰をおろす。

藤「何か飲む?コーヒーでも淹れようか?」
凌「いやー、おかまいなく」
藤「あっそ。クーラーは入れたほうがいい?」
凌「うん。ちょっと熱いわ」

リモコンを手に取り冷房を入れる。
そして、コンビニで買った飲み物を取り出し、藤子はベッドを背もたれにしてフローリングに座る。

凌「今日は忙しかった?」
藤「まぁ普通」
凌「昼はホテルの仕事もあったのー?」
藤「うん。そうだよ」
凌「働く女だねー」
藤「だって本職だけじゃ生活費払って終わりになっちゃうし、いざという時の貯えもー…って、ちょっと!」
凌「ん?」
藤「“ん?”じゃなくて、手……」

フローリングに座り、飲み物に口をつけようとすると、後ろから伸びてきた手。

藤「ブラウスのボタンも外さないで中に手、入れないでほしいんだけど……」
凌「いや、何かさぁ、外し難そうなボタンだったから」
藤「これお気に入りのブランドのやつなんだから、丁寧に扱ってよね」
凌「悪い悪い。じゃあ藤子、自分で脱いでよ」

二人で部屋に入って五分と経たないうちに、凌一は私の肌に手を伸ばす。
それは毎回のこと。

藤「水分補給くらいゆっくりさせて欲しいんですけど」
凌「どうせ、今からまた動くから喉渇くって」
藤「そういう問題?」
凌「まぁ後でゆっくり飲めばいいでしょ」

そんな会話をしている間に凌一は着ていたTシャツを脱いで上半身は既に裸。
次はベルトに手をかけながら、もう部屋の明りを消そうとしてる。
そんな凌一の行動を見て、もう少しゆっくりでもいいじゃん……
そう思うけど、くいっと一口分だけペットボトルの中身を飲み、私もブラウスのボタンを外して自ら下着姿になる。
その姿で凌一が待つベッドに這い上がろうとしたけど、
どうせここまで自分で脱いだんだし……
そう思って下着も自分で外した。

手始めに、という具合で数回のキスを重ねた後、始まっていく私と凌一の行為。
恋人同士でもないけど、一糸纏わぬ姿を見せて、身体を重ねて一つになる。
たぶん、きっと、
ここ数年の枯れた生活の中で、“女”として感じる潤いを実感できる唯一の行為。
だけど、何だろう。
心に霧のようにかかるモヤモヤ感。
凌一との時間が一番の刺激で潤いの時だと思っているのに、
キスをするほど、
愛撫をされるほど、
凌一が私の中に入るほど、
その行為を受けて、感じ喘ぐ自分を虚しく思う自分がいる。

(凌一との関係の回想)
凌一と最初に出会ったのは専門学校二年の時。
派遣登録していた短期バイトで一緒だったのがきっかけ。
彼って人見知りもせず、どんどんフランクに接してくるタイプだから打ち解けるのは早かった。
直ぐに〝この後、メシ食べて帰ろうよ”って感じになって連絡先も交換した。
当時、高校から付き合ってた彼氏と遠距離恋愛のすえに駄目になって三ヵ月後くらいで、失恋の痛手から立ち直ってきた矢先の出会いに、少し心がときめいた。
凌一も結構マメに連絡をくれて、何度か遊びに誘われて一緒に出掛けたりもして、
正直な話、てっきり凌一も私に気があるのかと思っていた。

だからある日、
居酒屋で飲んだ後に私の部屋で飲みなおそうという凌一の提案をあっさり受け入れ、
缶ビール片手に他愛もない話をしている時、キスされて、服の下に手を入れられて―…
そういう流れになった時もあっさりと凌一を受け入れた。
“好き”とか〝付き合って”とか、
そういう言葉はナシで身体から入ってしまったけど、
私と凌一は付き合うことになるんだろうな―…
凌一と抱き合いながら、そんな事を勝手に思っていた私。
だけど、それは本当に私の勝手な見解でしかなかった。

凌「藤子ちゃんってさ、彼氏いないの?」

事が終わって少しすると、そう訊ねて来た凌一。
その時はてっきり、そんな問いからの“付き合おうか”的な流れだとばかり思っていた。

藤「いないよ」

そんな流れを期待しながら、そう答えると、

凌「俺もいない。っていうか、彼女って存在が向かないんだよね」

へらっと笑いながら、そんな言葉を口にされてしまった。
しかも、その後、

凌「好きなコを一人に絞れないっていうか……その時その時にいいなって思ったコと一緒にいたいタイプなんだよね、俺」

と、さらっと、そんな言葉を数分前に初めて抱き合った私に言ってくれたのだ。

は?
って、ぶっちゃけた話思った。
それを言うなら、部屋に上がりこむ前に……せめて、裸になる前に言ってよ、
と。
セックスという男女の行為をした後に、そんな言葉で相手に壁を作る凌一は、本当に最低な男だと思う。
確信的か天然なのか……
きっと、確信的なんだろうけど、それを悪びれもせずに可愛い笑顔を添えて言ってしまうタチの悪い男―…
だけど、私も凌一がそういう男だとわかったからと言って、純情を返してーなんて騒げる女でもないし、
ヤル前に白黒はっきりつけれなかった所と、そういう男だって見抜けなかった自分にも否はある。
何より、その時は凌一に好意もあったし、
そういう男だと発覚して、「は?」という気持ちはあったものの、不思議と最低最悪もう二度と顔も見たくないとかそんな嫌悪感は抱かなかった。
だから、凌一のそんなところを知ってしまった後でも連絡がくれば普通に返していたし、そういう流れになれば、そのまま凌一を受け入れて関係を持った。
今は凌一にそういう気がなくても、付き合いを重ねて行けば何時か彼氏彼女の関係になるかもしれない……
私が一番良いって思ってくれるかもしれない。
そんな密かな期待も何となくあったのだと思う。
けれども、関係を続けるほどに褪せていく当初の凌一への想い。
だけれども、褪せていっている中にも、唯一の刺激と潤いを求め、感じてしまう自分。
その他の特別な感情なんて凌一は最初から、私だってもうないのに、どちらかが終止符をうたない限り続いていきそうな関係―…
本当にこのままでいいのかな?
そうは思っても、ただ思うだけの現状。
枯れた日常の中で、水を得る一瞬の時間を自分からは手放せない。
(回想から、今に。淫らに抱き合う藤子と凌一)

藤「あ……んっ……」
凌「いい……藤子……?」
藤「あっ……」

恋人ではない男の腕の中で、色んな感情を浮かべながら喘ぎ果てる。

その夜は、凌一と抱き合いながら感じるモヤモヤが何時も以上に頭を占めていて、事が終わると自然と深い溜め息が出た。

そして、そんな私は、この部屋の隣りに何かと突っかかってくる高輪マネージャーがいることなんて、うっかりすっかり忘れてしまっていた―…


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