可愛い女性の作られ方
一.風邪――あのキス、なに?
朝起きたら、のどが痛かった。

「風邪のひき始め……?」

前に風邪をひいたときに病院でもらった薬が残っていた気がして棚を漁るけれど、出てきたのは無残にも空袋だった。

「前病院に行ったのって、
……裕紀(ひろき)に引っ張られて連れて行かれたときか」
 
……はぁーっ。

なんとなく、ため息が漏れた。
裕紀は少し前に別れた彼氏だ。

「あと、残ってる風邪薬は……」

散らかり放題の家の中、心当たりの場所を探すけれど、風邪薬は出てこない。

「……まあ、のどが痛いだけだし。
今日から三連休だし、その間に治るだろ」
 
のんきにそんなことを考えながら、パソコンを立ち上げて眼鏡をかける。
休み明けには上の人たちを相手にした、大事なプレゼンがある。
寝込んでなんかいられない。
そのまま私は、朝ごはんも食べずに仕事に没あたました。



……連休中に治るだろうと思っていた風邪は。
休み明けになっても停滞中だった。
しかも、若干酷くなって声が出しにくい。

昔から、そう。
風邪をひくとすぐにのどが潰れて、声が出なくなる。

なるだけ声を出したくないので普段はしない、マスクなどしてみる。

……ほんとはマスクをしている人間が嫌いだ。

『えー?
だって、風邪ひくと困るじゃないですかー?』

とかいって年中マスクしている奴とか、なら家から一歩も出るな、といつも思っている。
現在はネットが発達しているから、買い物も仕事も、やろうと思えば家から一歩も出ないでできるはずだ。
そんなに病気になることが怖いなら、閉じ籠もっとけ、って思う。

……まあそんな訳でマスクは嫌いなんだけど。
でも、のどが痛くて声が出しにくいいま、背に腹は替えられない。
ガーゼのマスクしとけば、自分の呼気の湿気で若干加湿器効果が期待できるし、なにより話し掛けるなオーラを出しやすい。

「篠崎(しのざき)先輩、おはようございます。
……どうしたんですか?」

「……おはよう。
加久田」

「……って!
ほんとどうしたんですか?」

がらがら声の私に、男――加久田は慌てている。

「……風邪。
あんましゃべらせるな」

「……はい」

しゅんと黙った加久田と並んで、デスクへと急ぐ。

加久田は私の七つ年下の二十五歳。
まあ、私の年は勝手に計算してくれ。
この春から私の下について仕事をするようになった。
ちなみに私は、三人構成の小さな班の班長さん、って奴だ。
残りひとりは事務を主にやっている美咲(みさき)ちゃんだ。

「どうするんですか?
今日のプレゼン」

「おまえがやれ」

「はぁっ!?
なにいってるんですか!?」
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