ボクらの愛しい生徒会長様には秘密があるらしい。
この学園は言ってしまえば無駄に広い。
都心にあるとは思えないような広大な土地を有しているのだ。設備された施設数も多く、一日あっても全てを回りきるのは難しいだろう。
そんな場所に慣れてない人物であれば道に迷うのも仕方あるまいさ。
(千里よ。君の言っていた通り、転入生君は迷子になっていたようだぞ。)
薔薇園に入り、少し進めば地図を凝視している一人の男子生徒がいた。さっき資料で確認した顔であった為、転入生君だとすぐに分かった。
余程地図に集中しているのか近くにいる私に気付かず、うーんと悩ましげな声を出しながら地図と現在地を見比べているのが面白い。
このまま観察するのも良いが転入初日から遅刻は可哀想だからな。案内してやるか。
『おい、そこの少年。ここは薔薇園だぞ。君が探している校舎はあっちだ』
「うわぁ?!え、誰?!てかお面?!え?!」
『騒がしいやつだな。今日のお面はひょっとこだぞ。可愛いのに怖がるとは酷いな』
「誰でも急に現れたら怖がると思うけど…」
ズザザァァァと音がする程、私から距離を取った転入生君。
今日のお面はお気に入りの一つなのに怖がるとは酷いではないか。
このまま見捨ててやろうか。
口元をヒクつかせ地図ではなく次は私を凝視する彼に少し近寄るとあからさまに肩を跳ねさせた。
『男がお面ごときに怖がるな。ほら、さっさとついてこい。校舎に連れてってやる』
「め、めっちゃ怪しい…」
『聞こえてるぞ。何だ?遅刻でも良いのか?』
「それは困る!~~っ、お願いします!」
歩き出せば一定の距離を保ちながらも素直についてくる姿は警戒心剥き出しの猫の様で実に可愛らしい。
ククッと笑えばまた警戒の色を濃くしてきた。
お面の何がそんなに怖いのか。理解し難いな。
少し後ろを振り返って転入生君の顔をもう一度確認すれば容姿は平凡、と言うのが一番しっくりくるだろう。
少しタレ目で日本人を代表するような黒目黒髪。
身長も170㎝後半、筋肉も平均的、性格にも癖があまりなさそうだ。
だが何故か興味をそそられる。面白い。
「あ、えっと…道案内、ありがとう…ございます」
『敬語は良い。気楽に話せ少年』
「分かりまし、わ、分かった。…あと俺は少年じゃなくて七瀬川 栄(ナナセガワ テル)だ」
『ククッ、知ってるとも。七瀬川少年よ』
「知ってる?や、やっぱりアンタ妖怪とか…」
『断じて違う』
怪しいと言いながらも人に感謝を言えるところには感心だがお面=妖怪とは想像力が豊かだな。
七瀬川少年に名前を聞かれた時はご要望に従って私に名前はない、と答えてみたら顔を青くしたのには流石に腹を抱えて笑った。
いじりがいのあるやつだ。気に入ったぞ。
『私の名前は陽乃だ。…ほら、着いたぞここが校舎だ。これから学園生活を十分に楽しめ』
「ヒノ?って、校舎デカ過ぎねぇか…?」
『七瀬川少年は自分の方向音痴を自覚した方が良いな。かなりの重症だ』
「既に自覚済みだわ!あー…あと、ありがとうな。助かったわ」
『可愛いやつめ。職員室は突き当たりの階段を2階まで上がって左に曲がればすぐに分かる』
時間も8時45分。
今から私も聖堂に向かえばちょうど良い頃だし、七瀬川少年も職員室くらいなら一人で辿り着けるだろう。
方向音痴にはこの学園の広さはかなり苦だろうが頑張れとエールを送っておいた。
校舎に入り、彼の下駄箱の位置を教えてやったらまた変な顔をされた訳だが心優しい私は両頬をつねるで済ませてやる。なんて優しい私。
「何気にめっちゃ痛ぇ…」
『ふっ…最も効率的に痛さを与えるなんて私にとったら朝飯前だ』
「お前何者だよ。マジで怖い」
『そんな褒めるな。おっと、そろそろ行かなくては。ではまたな、七瀬川少年』
「いや褒め…あ!おい!」
少し急ぐ為、走り出せば後ろから名前を呼ばれたが手だけ振り返しておいた。
また近々会えるだろうしな。
(七瀬川 栄、ね。面白いじゃないか。)
豊かなアイツの百面相を思い出し、また私はくすりと笑った。