【完】Mrionation
そして、気付けば就業時間を過ぎていて、課内には人がまばらになっていた。
「それじゃあ、あとはよろしく」
勿論そう言って率先して帰るのは吉田…。
もうこの際課長と名付けるのも腹が立つので役職名省略。
そして、次に嬉々として帰り支度を始めるのは、異動してきたばかりの後輩二人。
「お疲れ様でーす」
私は心の中で溜息を盛大に吐くと、仕事の続きをする。
つーか、私はどこぞの社畜か……。
ブラックじゃないのに、周りがブラックにしていくこの状態をどうにかして欲しい。
これじゃあ、彼との約束を反故することになる。
「でも…向こうも具合悪いんだから、まぁいっか」
そう呟くと、後ろから至近距離で囁かれる。
「こーら。よくないだろー?俺との約束守んなさい」
「っ!…だーかーらー!気配消して人の背後に立たないでって言ってるじゃないですか!」
微かに鼻孔をくすぐるシトラス系の香り。
あぁ…このまま後ろから、ぎゅうっと抱きすくめられたい。
そんなよこしまな思いをブンブンと首を振って、私は思わず赤くなった顔をぷくっと頰を膨らませることで、紛らわせた。
「赤くなっちゃってかーわいい。志野はそういう顔も出来んのね…」
「…何か文句でも?」
「やー…おじさんトキメイちゃうなあって…」
「だ、れ、が、おじさんですか!そんな身なりで」
「えー?こことか、そことか?」
「やだもう…消えて…」
茶化すに茶化して、私から笑いを取ろうとする彼の気持ちに気付いて、自然と私も言葉数が多くなる。
そんな私の頭をわしゃわしゃと撫でて笑う彼は、私の右手をきゅっと掴んで、いきなり真面目な顔をした。