【完】Mrionation
連れて行かれたのは、小ざっぱりとした鮮魚店の上にある割烹居酒屋。
「わぁ…っ」
広い部屋は畳の良い香りがして、心を踊らせる。
感嘆の声を上げると、彼は楽しそうに話し掛けてきた。
「志野、なんか食えないもんある?」
「貝類以外なら!あ、あとナマコ??」
「ぷはっ。お前ね、ナマコって結構お高いのよ?」
「えぇ?!そうなんですか?」
「そうそう…なんてな」
くすくすと楽しげに笑うその笑顔に、もう何万回もほだされている。
それを知らない彼は、私の向かいに座るとじぃーっと私の顔を見つめてくる。
「な、なんですか?」
「や、志野ってほんと自然体だなぁと思って」
「…馬鹿にしてます?」
「してないしてない。本当だよ。だから…傷付きやすいんだよな…」
「っ!」
どこか見透かされているような、そんな視線と声。
私は居た堪れなくて、下を向いてもじもじとする。
「志野?」
「や、やだなぁ…もう…なんなんですか、いきなり…」
照れ臭くて、顔を上げられないでいると目の前で、ちょいちょいと手を振られる。
「え…?」
「やーっと、こっち向いた。あのねぇ?折角二人っきりなんだから、可愛い顔見せてよ?」
「も、もう!また…っ」
かぁーっと朱に染まる頬。
からかってるんだろうと、視線を向ければ全然そんなことはなくて、私はどうしたらいいのか困ってしまう。
「ほんと、お前は可愛いよ。お世辞抜きに」
「小窪さんは、天然たらしですよね」
「ひっどいわねー?そんなことないっての。お前にだけだよ…」
「こ、くぼさ……」
「失礼致します…お料理お持ち致しました」
ここで、お店の人が入って来てくれて良かったと心底思った。
あのままじゃ、きっと流されてしまっていたかもしれなかったから…。