【完】Mrionation
「しーの!一昨日いい一晩だったな」
「誤解を招くようなこと言わないで下さいよ!」
「えー…だってぇー…ほんとのことだもーん」
「気持ち悪い…くねくねしないで下さい!」
「やーん。志野ってば冷たーい」
「…はぁ…」
給湯室に向かう道すがら、色んな人の行き交う廊下で、何を言い出すんだと怒る私に怯むわけもなく…彼はとても上機嫌だ。
「暫くいっそがしくなるから、志野の愛をたっぷり貰えて俺幸せ〜」
「愛なんてあげてませんよ」
「またまたぁ、そんな顔しても駄目よ。可愛いだけだから」
「寝言は寝て言え」
「塩対応な志野も可愛い〜」
なんでこんなことになってるのか。
え?
私の好きになった人って、こんな人だったっけ?
超絶イケメンのパーフェクトヒューマンな奇跡の美魔王じゃなかったっけ?
私はまだ隣でにこにこしてる彼に向かって、片手を腰に当てると、
「いい加減、ちゃーんとお仕事しましょうね?小窪主任?」
なんて、冷笑を浮かべた。
そこで、私は彼との会話を打ち切り、給湯室に向かう。
と……。
「ちょ、っと…駄目だよ」
「いいだろ、別に…」
なーんて、聞き慣れた声がして来て。
何も知らないような年齢ではないから、給湯室で今何が起きているのかすぐに察して、くるり、と背を向け彼の元へと戻る形になってしまった。
どうでもいいけど。
え、なんで同期の松嶋と片岡補佐があんなことになってんの?!
知らなかった…。
耳が知らない内に熱を持っていく。
カッカッとする頬をほんのり冷たい両手で隠して、足早に歩いた。
確かに片岡補佐は美人だし仕事も出来るけど……相手が松嶋だとは………。
そんなことを思っていたら、とん、と誰かにぶつかる。
「あ、すみませ…」
「なぁに?俺の胸の中に戻って来てくれたの?つか、顔真っ赤だぞ?どうかした?」
「いえ…大丈夫、です」
そこには今会いたくない彼がいて、まさか給湯室で密かに社内恋愛イチャコラが勃発してました、なーんてことも言えず、下を向いた。
彼は何を思ったのか、そんな私に対してぽん、と一つ頭を撫でて、
「気にすんなよ」
とだけ言った。
あぁ、こういう所が、好きなんだって。
不意打ちで「男」を感じさせないで欲しい。
心がちっともついていかない……。