【完】Mrionation
溺れゆく時
あの日彼が言った通り。
ほとんど顔を合わせることもなく、時間が経った。
そんな中で、そういやもうすぐバレンタインだなぁと思い、彼に何かをプレゼントしてみたい欲が湧いてくる。
チョコフェスとか、あっちこっちで開催されてるし、余計だよねーと、後輩の女の子達がはしゃいでるのを聞いて、確かにそれは一理あるなと思った。
でも。
やるならば、他の人とはちょっと違うやり方で…と思う私はまだまだ乙女?
そんなことを考えてから、ナイナイと首を振った。
その、数日後。
バレンタインデーを目前にして、私はインフルエンザに掛かって出勤にドクターストップが出てしまったんだ。
この熱が…その後、私達の関係を大きく変えるとは、その時全く思い付かなかった。
好き。
好き。
大好き。
インフルエンザのせいで感じる、季節外れの暑さ。
そこに浮かされ、何度も彼の夢を見た。
その度に、次に彼に会ったらこの気持ちを伝えてしまおうか…と思う。
そして、漸く治り掛けた夜。
力強く、彼に向けて…告白をしようと、心に決めた。
けれど。
私が決心してすぐに、彼は苦しそうに胸の内を吐露してきた。
一応マスクをして、自分の席につくと、ツカツカと彼が私の所にやって来て、帰り送ってくと急に言われた。
風邪薬のせいで車の運転を控えていた私は、彼の一歩も引かない態度に、仕方なく了承する。
そして、終業時間。
彼は私がパソコンデータを保存するのも待てないと言うくらい焦れていて、先にタイムカードを切ってきてしまうひどだった。
二度目の彼の車の助手席。
シトラスの香りが心地良くて、思わず深呼吸がしたくなる。
カーステレオの明かりだけが暗い車内に広がって、なんとなく私よりも遥かに大人な雰囲気に飲まれそうになる。
ディープな空間。
聴いたことのある洋楽は多分、Jamiroquai。
その何とも言えない空気の中で、私はなんとなく堪えきれなくなって、言葉を発しようとした。
でも、それは彼からの声で遮られてしまう。
「あのさ。……志野と会えなくなってて、もう、限界だわ。好きだ…俺と付き合って…?」
一瞬何を言われているのか理解出来ずに呆ける。
そして、次の瞬間私は彼に気付かれないように、小さく溜息を吐いた。
囁くように、彼はどうして、私に伝えてしまったのか…。
向こうから告げてしまったらもう…後戻りは出来ない。
もう少ししたら、もっと上手い具合にやり過ごせたかもしれないのに…。
もう少ししたら、この燻っている想いに溺れることなく、二人ただの先輩後輩として、歩いていけただろうに…。
でも、きっと。
焦れた私が告げていても同じことだっただろうから…。
私は複雑に膨らみ続けるやり場の無い感情を持て余しながらも、こくん、と頷いてしまったんだ。
彼が、今までの心地よい関係は変わらないと、約束してくれたから…。
「小窪さん、私恋愛体質じゃないですよ?」
「うん」
「束縛とか結婚とか絶対に嫌です」
「うん、分かってる。俺もそうだから」
「自由がないと生きていけない…」
「しぃー…もう黙って。どんな志野でも好きだから…」
恋も愛も、今の私には酷く重くて…まるであの孫悟空が封印されていた岩の檻の如く、息が詰まる感情。
そんな中で、彼はなんのことなく、更には抉じ開けることもなく、ほんのちょっとの甘い甘い優しさで、私の心を完全に開いてしまったんだ。