キリンくんはヒーローじゃない


「調子になんて乗ってないけど。 用件はなに?」

「…ほんと、お前ウザイ」


彼女は廊下に響き渡るくらいの大きな舌打ちをしたあと、わたしの机に日直日誌を叩きつけて、下劣に笑う。


「ま、いいや。これと掃除当番、あたしの代わりにやっとけよな」


わたしに全てのものを押しつけ、中身がすっからかんの鞄を肩にかけると、廊下で待っていた取り巻きたちと、素早く教室を去っていった。

ひとの返事も聞かずに、逃げ足だけは速いひとだ。呼び止める暇もなくでていった彼女のことを、心の中で深く溜息を吐く。

日誌内のページをパラパラと捲り、今日分の日誌が真っさらなことに気づいて、さらに連続で溜息を漏らす。


「…ありえない。授業の感想とか、特に覚えてないよ」


先が思いやられる状況に、ペンを握る手が思わず固まる。


「あーあ。…こんな時に王子さまがいてくれたら、なんて」


そんなうまいこといくはずがないか。自分の乙女チックな思考に呆れるどころか何故か泣けてきた。

自分でもわかっている。少女漫画的な展開は妄想でもない限り、生まれるはずがないんだって。それでも信じてみたいし、夢も見ていたい。自分が幸せになってもいい世界で好きなひとと共にいられる喜びを、感じてみたい。


「斎藤先輩…」


呟いた声は、空気になって宙へ浮かんでいく。そのまま、天井の電気に届いて溶けてしまいそうになった時、廊下に一筋の影が長く伸びた。

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