キリンくんはヒーローじゃない
幕が下りた時間を見計らって、D組の教室へ向かうと、みんなに取り囲まれているキリンくんの姿があった。
彼の言葉を聞かずとも、クラスの雰囲気で察しがつく。成功したんだな、と思うと、当事者じゃないのに胸が熱くなった。
「最後の演技、めっちゃよかったよ!」
「黄林くんに狼役は適任だったね」
口々に投げられる賛辞の数々に、キリンくんは戸惑いながらも、対応する。端のほうで蹲っていたはずの彼が、こうしてみんなの中心の的になるなんて、誰が予想したのか。
もう少しクラスの時間を満喫させてあげようと、わたしは踵を返す。
「ちょっとごめん。通して」
その時だった。みんなの輪の中にいたはずのキリンくんが、歩きだそうとしたわたしの手を掴んで、息を切らす。
「約束は有効?」
ポケットに入っていたなんの飾りっけもないシルバーの携帯を取りだして、言う。
そんなの、別に今じゃなくたってできるし、せっかくならクラスの時間を楽しんでくればいいのに、と心の底で思いつつも、彼の真っすぐさにどうしようもなく惹かれてしまう。
「変えようがないくらい、有効です…」
キリンくんは、アプリのQRコードを表示させて、わたしに差しだす。そうして、読み取り画面に設定した携帯を上に重ねると、お互いの画面にアイコンつきの名前が大きく映しだされた。
「…やった」
歓喜の声が、小さく溢れる。
「メッセージ、送ってもいい?」
「頻繁に見れないかもだけど、…それでもいいなら」
「…たまにでいいよ。毎日じゃなくていい。気まぐれに返してくれれば、嬉しいから」
すぐに友達の登録をして、文字盤をタップするキリンくんは、喜色満面でわたしの顔を覗く。
『メッセージのほうでも、よろしくね』