キリンくんはヒーローじゃない
「狐井さん、隣いい?」
無難な黒ピンで留めた前髪が、少し散らかっている。片手には、焼きそばパンと緑茶が揺れている。
「購買、行ってきたの?」
隣に腰を下ろしたキリンくんは、焼きそばパンの袋を開けて、わたしを見る。
「うん。寝坊して、弁当箱持ってくるの、忘れたから」
そうなのか。後ろの髪の毛が、微妙に跳ねているのは、寝癖を直してくる時間がなかったからなのか。
「寝癖、ついてるよ」
「…え、ほんとう?わ、気づかなかった」
恥ずかしそうに、後頭部を押さえながら、焼きそばパンを近くに置く。
「もし、嫌じゃなかったら、わたしが寝癖を直そうか?」
「…狐井さんが?」
「後ろって、鏡を見てやらないと直すの難しいでしょ?それに、食べ途中の焼きそばパン、今、食べないと時間がなくなるかなって思って」
キリンくんは、後頭部を押さえていた手をゆっくりと外し、俯いた。項が、ちょっぴり赤い。
「…それじゃあ、お願い、します」
冷たい空気が嘘みたいに熱くなる。キリンくんの照れが、わたしにも移ってきたようで、思わず頬を隠す。
好きなひとに触れるって、こんなにも緊張するものなんだな。びっしょりと掻いた手汗を、必死にスカートで拭った。