キリンくんはヒーローじゃない


濡らしてきたハンカチで、跳ねている部分に触れる。櫛で頭の天辺から梳いていきながら、頑丈な寝癖を伸ばし、直していく。


時々、髪の毛を支えている手が、彼の項に当たり、二人して大袈裟にびくりと反応する。


「…狐井さん」

「ん?」

「…僕以外のひとにも、こんなこと、するの?」


焼きそばパンを両頬に詰め込みながら、弱々しい口調で問いかける。

心配されているのだろうか。わたしのことを好きな物好きなんて、キリンくんぐらいしかいないのに。


「黄林くんにしか、してないよ」


いらぬ心配なんだ。気づくのが遅かったけど、わたしはキリンくんのことが好きで、触れるだけでどうにかなってしまいそうなのは、初めてだった。


「…そっか」


わたしの返答に幾分か落ち着いたのか、ペットボトルの緑茶を傾けて飲み込む。


「寝癖があったって教えてもらった時は、だいぶショックだったんだけど」


直りそうで直らない寝癖と、本気の格闘を繰り広げていれば、いつの間にかこちらをじっと見つめていた、キリンくんの視線とぶつかる。


「…狐井さんにそうやって触れてもらえるなら、寝癖も悪くないなって思えるんだ」


ほら、またそうして、わたしの心を限界まで揺すろうとする。ずるいよ、ほんとうにずるいひとだ。好きって思っちゃったら、ただひたすらに落ちていくだけじゃないか。


「黄林くん…」


前のめりになった身体は、階段のへりに足を滑らせて、真っ逆さまに落下していく。

< 105 / 116 >

この作品をシェア

pagetop